Fate/dragon’s dream
アインツベルン城再び
「相変わらずだな、ここ」
登山用のリュックに必要物資を積め込んで、深山町からタクシーに乗ること一時間。さらに雑木林を1キロほど歩いて森へ入り、更に2時間ほど経過していた。
ここへ来るのはこれで3度目だ。 1度目は、キャスターに対抗するため、イリヤに共闘をもちかけに。 2度目は、アーチャーとの――英雄エミヤとの決着をつけに。
うっそうと茂る木々は西日を遮り、数十メートル先をも暗く淀ませる。記憶によれば打ち捨てられたアインツベルン城まであとわずかであるはずなのだが……。
「どうしたんだ遠坂? 疲れたのか?」
「見くびらないでよね。この程度で疲れるほどやわじゃないわ。……そうじゃなくて、ちょっと気になることがあって」
先ほどから遠坂の元気がない。
「結界が弱くなってるのよ。覚えてる? ここイリヤが結界を張ってたでしょう」
あー、そういえばそんなことがあったような――。
「あの、以前入り口でバチッて弾かれたアレのことか?」
「そう、あれ。……って、なによ士郎、その笑いは」
ム、と睨んでくる遠坂。いや、だって。
「あのときのお前のびっくり具合ときたら……」
あ、やばい。思い出すとますます笑えてきた。
「なんたって『うきゃーーーーー!!!』だぞ。10センチは飛び上がって……くく、あははは」
「――あの、シロウ、そのへんで止めておいたほうがいいと思うのですが――」
「あは、あはははは、だって、『やってくれるじゃないあのガキ!!』って、話し合いだって自分で言ってたのにまるで殺しに行くような剣幕で怒鳴りまくって、俺ほんとにどうしようかと思ったんだからな、あはははは!」
「――ああもうっっ!! 過ぎたことをいつまでもぎゃーぎゃー言うんじゃないのっ!! その結界が弱くなってるのよ! 要するにハズれたかなってこと!!」
照れ隠しにがあーと怒鳴りまくる遠坂。……ってちょっと待て、いまこいつなんて言った?
「ハズれたって……アインツベルンは今回の事件に関係ないってことか?」
「そこまでは言ってないわ。可能性があるのは彼らだけだし。でも、拠点として城を使っているわけじゃないかもしれない。結界がちゃんと管理されてないってことは侵入に対して無関心か、あるいは単に誰もいないってことでしょ」
「この状況で私達が来ることに警戒していないはずはないでしょう。ということは、凛の言うとおり城には誰もいない可能性が高いですね」
そ、そんな。
「せっかくここまで来たっていうのに無駄足――?」
なんてことだ……。肩にかかる三人分の荷物の重さがそのまま疲労に変わる。
「まだそう決め付けるのは早いわ。相手の首根っこ押さえることはできなさそうだけど、それならそれでジークフリートに出会わずに調査ができるし。聖杯に関する異常の原因とかも特定できるかもしれない」
「あ、そうか。そっちも調べないといけないんだよな」
「っていうかこっちが本命なんだけどね。……ランサーが火《アンサス》のルーンで火事起こしてたけど、調度品はともかく基本的に石造りの城だから、それほどダメージはないでしょう」
遠坂はそう言うと、ちょっと寂しげに表情を曇らせた。
「……彼とは、一度最後まで真剣勝負をしてみたかったものです」
セイバーもどこか寂しげに言う。
前回の聖杯戦争の時、遠坂を救って炎の中に消えたケルトの大英雄クー・フーリン。遠坂の話では、奇しくも彼は伝説と同じく、自らの槍によって貫かれ命を落としたということだった。
「――見えてきたわ」
憂いを吹っ切るようにまっすぐ前を見た遠坂は、聳え立つ森の孤城を見つめていた。
「――セイバー」
「――はい」
セイバーの手から花束を受け取る。それを遠坂と二人で、中庭に建てられたイリヤの墓前に備えた。
「こんなときくらいにしか来てやれなくて、ごめんな」
三人でそっと目を閉じ、黙祷を捧げる。黄金の英雄王に、無残に殺された白い少女。彼女はここでバーサーカーと共に、安らかな眠りについている。
――助けることができなかった。
――分かっていても。目の前で誰かが殺されるのはイヤだった。
――たとえ歪といわれようとも、あのとき俺は飛び出すことしかできなかった。
――止めることは出来なかったと分かっている。それでも――
「行くわよ、士郎。あんまりのんびりしているわけにもいかないんだからね」
遠坂の声に頷き、俺は立ちあがる。城の入り口に向かって歩き出して、ふと振り向いた。
「日本を出る前に、もう一度来るよ」
幻だとは分かっていても、自分の身勝手な幻覚に過ぎないと分かっていても。
イリヤの笑った顔が見えたような、そんな気がした。
「あーらら……思った以上に焼けてるわね。よくまあ燃えないものばっかりのところでこんなに盛大に燃えたもんだわ」
「さすがクー・フーリン……。ルーンを使った魔術の腕もかなりのものだったようですね。――つくづく惜しい」
ところどころコゲた城内を歩く。 出火元の部屋がある2階は、絨毯や調度品など石でないものはほとんど焼け焦げていた。石壁も真っ黒に変色している部分が多い。 3階もまた、かなりの炎で炙られてあちこちダメージを受けている。1階は、ロビーがそこで行われた二度に渡る戦闘の余波でボロボロだが、あとは火事のダメージもなく十分機能しそうだ。
念のため厨房を覗いてみたが、かなり埃が積もっていて何ヶ月も使われた形跡がなかった。やはり現在、ここに住んでいる人間はいないようだった。
だが、4階より上では無傷の部屋も多く、調度品も整ったままで、埃っぽいことを除けばホテルの部屋と言っても十分通用しそうだ。誰か潜んではいないかと全ての部屋を当たってみたが、残念ながら使われた痕跡のある部屋は見当たらない。
「やはり誰もいないようです。空気が動いた気配もない」
「――みたいね。おっかしいなあ、間違いなくアインツベルンが一枚噛んでると思ったんだけど……」
「まだ捜してないところは沢山ある。夕飯にする前に各自でばらけて探索してみないか?」
「それは避けた方がいいと思います。まがりなりにもアインツベルンの居城、魔術によるトラップがないとも限らない」
「でもこれじゃラチがあかないだろう。やばそうなところがあったら後回しにして、あとで皆で調べるっていうのはどうかな。どうも4階より上はまったく使われなかった部屋が多いみたいだし、気をつければ大丈夫だと思うんだけど」
「……そうね、さすがにこの広さだもの。手分けしないととてもじゃないけど終わらないわ。士郎の言う通りばらばらになりましょう。
2階はさっき一通り見たから、1階と3階以上ね。
集合は今から1時間後。場所は1階ロビー。日が落ちるのが早くなってきたから、暗くなってきたらすぐ中断すること。
それと、トラップや何か発見したら絶対一人で何とかしようとせずに場所を覚えて合流を待つこと。いい?」
「分かりました。では、私は1階を当たります」
「じゃあ、俺は3階を調べるよ」
「なら私は4階と、5階の部屋ね。あんまり時間もないことだし、頑張って全部調べる必要はないわ。まだ明日もあるんだからね」
「了解です。シロウ、くれぐれも気をつけて」
「大丈夫大丈夫。心配性だなセイバーは。ヘタにトラップに引っかかるようなヘマはしないよ」
俺が笑いながら言うと、
「それが危ないというのです! いいですか、何かあっても絶、対、絶、対、一人で行動しないでください! 今の私ではあなたに何かあっても感知して直ちに駆けつけることができない。何かあってからでは遅いのですよ! ――ああ、凛、やはり私はシロウと同行したほうが……」
「ダメダメ! セイバーも甘やかさない! ――でも聞いたでしょ士郎。私もセイバーと同じ気持ちよ。あんまり私達を悲しませるようなことしないでね」
「あ……ああ」
苦笑する遠坂。そんな顔でそんなことを言われたら頷くしかないじゃないか。
「分かった。約束するよ、何か見つけても絶対一人じゃ行動しない。でも、それは二人も同じだぞ」
「弟子が師匠の身を案じるなんて100年早い! ――じゃあ、さっさと始めましょ」
ふん、と遠坂はさっさと一人で行ってしまった。
「それでは私も行きます。シロウ、お気をつけて」
「ああ、セイバーも気をつけてな」
セイバーは一階に降りると、ロビーの奥に続く廊下から調べ始めた。
「それにしても、よくもここまで完全に復元したものだ……」
感嘆する。どうやらこの城はもともとドイツにあったものを基礎からまるごと運んで来たものらしい。古めかしい部分があるにもかかわらず、全体としてそれほど大きく時代の隔たりを感じさせないのは、内装や調度品に何度か手を加えた結果だろう。
このアインツベルン城はどちらかというと『砦』ではなく、石造りの巨大な『屋敷』と言ったほうがしっくりくるつくりをしている。実際に戦で使われるようなものではなく、貴族の居城として機能するものだ。そういう城であるならば――
(復元がここまで完全ということは、隠し部屋の一つや二つあってもおかしくはない……)
思い出す。己が居城、キャメロットの城を。遠い昔に置きざりにしてきた、かつての自分の居場所を。
(――こうして、冷たい石作りの廊下を歩いていると、まるで――)
壮麗な聖霊降臨祭、火花散る馬上競技。石畳を進む蹄鉄の響き。槍の煌き、楯の輝き。円卓を囲む鎧たちの姿。夜毎開かれる饗宴、メイドを根こそぎベッドへ連れ込む騎士たち。
酒が入ると手におえなくなるスケベなじじいに、不倫にいそしむ妻と側近、後に残るは兵どもが夢の跡。それをせっせと片付ける自分の姿……
「~~~~っ!!」
頭痛がしてきた。ぶんぶんと頭を振って、思い出さなくてもいいことを振り払う。
(全ては終わったこと――今は、未来を掴むために)
セイバーは雑念を振り払い、探索に集中する。次から次へと扉を開けては中を覗き、再び厨房にやってきた。
「ふむ」
特になにもない。さっき三人で覗いたままだ。埃だらけの調理器具は、ここ半年間まったく使われなかったのだろう。おそらく、イリヤの死後からこの城には誰も住んでいない。 隣の食料貯蔵庫を開ける。中はからっぽ。ここもさっき見た通りだ。
「……む」
踏み込んだセイバーは顔をしかめた。つま先でトントンと床を蹴る。
「……ふんふん」
セイバーの耳はこの下に空間があるように響く反響音を捕らえた。床を調べると、確かに石畳の一つに取っ手のようなものがついている。
――ゴトン。引っ張ると、その石は簡単に持ちあがった。思った以上に軽い。その後にはぽっかりと四角い入り口が開いており、鉄製のハシゴが地下へ伸びている。
「……」
セイバーはさっと身を翻すと、地下へ伸びるハシゴを降りていった。深さはそれほどなく、すぐに同じような石の床に下りる。持ってきたライトを灯すと、あたりは黄色い光に照らされた。
(ワイン蔵、か)
とはいうものの、ワインのボトルは一つもない。セイバーは壁に近寄ると、その壁を数回叩き――やにわに石の間に指を突っ込み引っ張った。
――ゴトン! 壁の石の一部が剥がれ落ちる。その後ろは――――土の壁だった。
(さすがに抜け道までは再現していないか)
セイバーはワイン蔵を出ると、元通り床を閉め、ロビーに戻ってきた。
約束の時間まではまだある。そのまま待っているのも時間の無駄なので、もう一度2階を調査しなおそうと階上へあがっていく。 2階は先のランサーの魔術でほとんど焼けているため、あまり見るべきものもないと思われたのだが――。
(……ん?)
ある部屋を開けたセイバーは目を細めた。 ほとんど丸コゲのその部屋は、出火地点と思われる倉庫のような部屋から近い。その焼けた残骸には、紙のようなもの、おそらくは本が多かった。
そして、手前、ドアを開けた真正面には巨大な本棚の残骸があり、その隣にはこれまた巨大な、おそらくは物書き机だったのだろうか、黒い墨の塊がある。内装からすると、書斎と考えられた。
(惜しいな……聖杯に関する手がかりがあるとすれば、まさしくこのような場所なのだが)
踏み込む。見回すと、かなりの蔵書があったのであろう、部屋の四面とも本棚の残骸で埋まっている。
(……イリヤスフィールが使っていたのだろうか……?)
いまいちピンと来ない。前々回のアインツベルンのマスターは切嗣だったが、彼はこんな部屋は使っていなかったと思う。ということは、そのさらに前のマスターが揃えたのだろうか。
(聖杯の狂気に囚われたアインツベルン……ん?)
部屋の奥に焼け残っているのは本棚だ。かなり頑丈な造りだったようでまだ原形を留めているが、おさめられていた本は一つ残らず炭になっている。その本棚の奥の壁が少し焼け、本来なら部屋の石壁があるべきところに暗闇が見える。
(これは)
本棚に隠れているが、向こう側にごく小さなスペースがある。壁の石をえぐって、収納スペースのようになっているらしい。 セイバーはそこにライトの光を当て、覗きこんだ。
(なにか、ある――本?)
そこに、薄い本があった。本棚の裏のスペースに隠されていた本は、頑丈な本棚に守られ火災を生き延びたのだ。 セイバーはそれに手を伸ばし……すぐ引っ込めた。
(二人との合流を待った方が賢明か――)
なにかトラップが仕掛けられているとも限らないし、さっき士郎に釘を刺した手前もある。そろそろ1時間が経つ頃だと思い、ロビーに向かって歩き始めたセイバーだったが――
「――?」
今、なにか――。――階上?感覚を研ぎ澄ませるセイバー。だが……
(消えた……おそらく3階か4階――。念のため早いうちに二人と合流したほうが良さそうだ――)