Fate/dragon’s dream
Are you ready?
「あーバス来てる来てる! 士郎、早くっ」
「ちょ……ちょっと、待って、くれ」
遠坂の家に荷物を置き、そのまま俺達はすぐに新都へ向かった。
一泊分とはいえ、3人分の荷物持って二日続けて歩き通したため、さすがに息が切れている。なんとかバスに滑りこみ、ほっと一息ついた。
「シロウ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、平気平気。この程度でへばってちゃ、セイバーの稽古の相手はしてられないよ」
「そそ。こいつには厳しいくらいがちょうどいいんだから。ね、士郎?」
「……遠坂はもうちょっと……」
「何? 何か言ったかしら衛宮くん?」
「……いえなんでも」
バスに揺られながら三人で他愛もない話をする。
――結局、ジークフリートを倒す手段は完全には煮詰まっていない。だが、狙う部分だけはなんとか定まった。
即ち――背中の一点。伝承において菩提樹の葉により竜の血がかからなかった背中の真ん中――肩甲骨の間である。
と言っても、作戦は拙いものだ。セイバーと遠坂がヤツをなんとか引きつけ、隙を作る。その間に俺がゲイボルクを投影し、背後から投げ付けるというだけだ。俺の狙いが悪くても、ゲイボルクは勝手に心臓、つまり肩甲骨の間に向かって飛んでいくだろう。
とにかく臨機応変にしないと成功などしそうもない。ルールブレイカーによる竜の呪いの解呪も、積極的に狙っていくということになっているが、あの短剣の届く間合までジークフリートに接近することが果たしてできるかどうか。
できればジークフリートと遭遇することなく、隠れ家なりマスターなりを見付けることができればいいのだが――。
「シロウ、着きました」
「ん、ああ」
遠坂とセイバーと共に、新都の駅前に降りる。その途端、
「あれれ、ご両人。学校サボってどこ行ってたのかな~?」
――最悪のタイミングで、ジークフリートとはまた違った意味で見つかってはいけない人物に見つかってしまったような――
「あ……綾子!?」
「美綴!?」
「よ、お二人さん。あ、セイバーさんもいたのね。で? 昨日今日と学校サボってどこ行ってたのかな? 白状してもらおうか」
腕を組んでにんまり笑っているのは、弓道部元主将、美綴綾子だった。遠坂を見ると、『あっちゃ~』と手を額に当てている。
「……別にどうもしないわよ。ただちょっとロンドンでのことを話し合ってただけ。で、気晴らしに新街に出てきただけだけど?」
あっさり復活して当然のように言う遠坂。もちろん俺は初耳だ。一応同じロンドンの美大に行くってことになってるし、『付き合ってます』宣言も済ませているから、まあ無理はない内容なのだが――
「おっ、開き直ったわね。つまり同棲の打ち合わせをして、ついでにデートってわけだ。しかもその様子だと泊りがけね?」
「な――あ、あ、あんた何言ってるのよ! なんでいきなりど、ど、どうどう同棲なんてそんな話にっっ!」
「ちょ、み、美綴、と、泊りがけってなな何を根拠にっっ!」
ぶんぶんと手を振る俺と遠坂。それを見る美綴の口元はさらにさらに邪悪に変化していくようなっ!?
「だってあんた達は恋人同士なんでしょ? で、海外の同じ大学行くってんなら当然同棲したほうが何かと便利じゃない。そっちのほうが家賃も安く済むし。んで、衛宮の方の疑問は簡単。遠坂のセッティングが甘い。……って言っても半分は単にカマかけただけなんだけどね。衛宮はほんと分かりやすいよね」
ケラケラと笑う美綴。絶句する俺達。遠坂はなんか『マズった……』って顔してるし。一縷の望みを託してセイバーに助けを求める目を向けると――明後日の方向見て無関係を装ってるし!
「ま、仲善きコトは美しき哉――だけど、あんまりセイバーさんに心配かけるんじゃないわよ。子供できちゃってロンドンでいきなり親子3人水入らずなんて洒落にもならないからね。衛宮が気をつけてやらないとダメよ」
――――な
「な、なな、
なになになに言ってんだおまえさま―――っ!!
な、こ、こ、子供、って、どどどうやって作るって」
「なんてこと言ってるのよ綾子―――っっ!! わ、わ、私は別にそそそそそそんなこと」
もはや脳味噌の沸点はとっくに突破。なんか気化して耳から出ていってる感じ。自分がなにかやばいことを口走っているような気がしないでもないがそんな余裕はなし。
しかも、同じような取り乱し方をする俺達を見る美綴の表情が、今度はなにやら気まずそうになっていく上にだんだん赤くなってくような。
「あー……あはは、スマン。あたし、あんたたちのことまだ甘く見てたみたい……というか、あんたら反応しすぎ……。
そ、そっか――そこまで……あ、あ、いや、そうだよね、うん、あはははは」
「――――――――――――っっ!!」
「――――――――――――っっ!!」
神様。こやつをほんともうどうにかしてください。せめて俺達に慈悲を。
そんな煉獄の業火に焼かれ身悶える俺達は、直後のセイバーの一言で救われることになった。
「ところで、綾子はどうしてここに? 学校はもう終わったのですか?」
「え、え? あ、ああ、今日は午前中しか出てないんだ。午後はもう必要ない教科ばっかりだったから、自主休校。で、塾の時間まであちこち回ってたってわけ」
ああ、セイバーが天使に見える……!
「なるほど。綾子は進学するのですか?」
「ま、一応ね。しっかし今日はいろいろ面白いもの見れたわ。早めに出てきて正解って感じかな」
「――ふん。言ってなさい」
「美綴、面白いものって?」
このチャンスを逃さないためにもう必死。話題を逸らすために藁にもすがる思いだ。
「ん? いやいや、さっきね、面白い二人組を見かけたのよ。すっごい美形の大男で、金髪の外人さんなんだけどさ、もう筋肉隆々。いやー、男だったらあのくらいの体格は欲しいよね」
「へぇ、綾子がそんなこというなんて珍しいわね。さぞいい男だったんでしょうね」
「まーね。なんていうのかな、かっこいいだけじゃなくて男らしいというか男くさいというか。あたしはやっぱりああいう男っぽいのがいいわね。遠坂だって実はそうでしょう? 衛宮だってかなり筋肉付いてるもんね」
「……ま、否定はしないわ」
用心深く答える遠坂。またここで変なふうに話が発展したら今度こそ大変なことになる。
「……綾子、その金髪の大男ですが」
「ん?」
セイバーが唐突に口を出した。
「やや長めの巻き毛で、身長は2メートル近くありませんでしたか?」
「――ああ、多分そうだったと思う。あ、もしかしてセイバーさんの関係者? あー、それだったらなんか納得できるかな」
「――ええ、実は親戚が観光のためこちらに来ると伝えてきまして。随分久しぶりなので、一応特徴を聴いておいたのですが――どうも一致するかなと思いまして」
「え、ちょ、ちょっとセイバー」
さっと、遠坂を身振りで止めるセイバー。俺は俺で頭にハテナマークを飛ばしている。いきなり何を言い出すんだセイバーは。
「あー、それならそうでしょきっと。あんな人そうそう見かけないもの。それじゃあ、あの女の子はやっぱり妹さんか何かかな?」
「…………はい、ですがそちらは、連れてくる、ということしか聴いてないのです。特徴が全然分からなかったのでちょっと困っていたところなのですが」
「あ、そうなんだ。大分年離れてるみたいだったから、ひょっとしたら親子かな? とも思ったんだけどね。すっごくかわいい娘だったわよ。長いストレートの金髪で、青い服着てたわ」
「……なるほど。できれば、いつ頃どのあたりで見かけたか教えていただきたいのですが」
「ついさっきよ。中央公園の方に歩いていったわね」
「分かりました。ではさっそく迎えに行くことにしましょう。ありがとう、綾子」
「いいっていいって。たまたまだしね。――あ、そろそろあたしも行かないと。それじゃ、三人ともまたね」
「はい。それでは」
「じゃあね綾子」
「美綴、またな」
美綴は明るく笑うと、身を翻して去っていった。
――で、それはともかく。
「セイバー、今のって」
「――ジークフリートでしょう。まさか白昼堂々と霊体にもならずに姿を晒して歩いていたとは思いませんでしたが……」
「いくらなんでも舐め過ぎじゃない? だって聖杯戦争が起こってると思ってるんでしょ。それなのにそんな自分から居場所を明かすようなことをして……」
「それだけの自信があるのか、それともマスターやサーヴァントが見つからなくて囮になっていたのか……」
「その、一緒にいた女の子っていうのがマスターなのかな……」
「現状ではそうとしか考えられないじゃない。ということは、やっぱり新都に隠れ家があるってことね。いきなり見つかるとは思わなかったけど、幸運に感謝ってね」
「ということは、今もそこらへんを歩いてる可能性があるんだよな」
「ま、ね。いくらなんでもまだ日が昇ってるうちから戦闘にはなりはしないでしょうけど、顔を合わせたくはないわね。私達が嗅ぎ回ってるってことは知られたくないし」
「隠れ家の目星がついていればいいのですが」
セイバーが言う。
「――教会とか、どうかな」
――唐突に口から出た。あれ? 俺そんなこと思ったっけ。
「――え?」
「……いや、隠れ家。改修工事してて神父さん不在なんだろ?」
「……士郎、冴えてる! やだ、ちょっとどうしたのよ大丈夫!? そっか、教会は可能性高いわね。工事の人がいるでしょうけど結界張ってしまえばおとなしくしてる限り気にならないし、サーヴァントは霊体になれるし。調べてみる価値はあるわ」
「確かに。それにあの教会も霊脈の特異点のはず。前回キャスターたちが立て篭もったのはそのためですし、聖杯について詳しく知っているジークフリートのマスターが潜んでいてもおかしくはありません」
「んじゃ、決定だな。ジークフリートに見つからないように教会へ向かおう」
三人一緒に頷き、俺達は丘の上の教会に向かった。
「大分日が落ちてきたわね。――急ぎましょう」
教会に辿り着いた頃には、すでに辺りは夕焼けに染まっていた。
「……どうだ? 遠坂」
「アンタももうちょっと魔力感知くらいできるようになっときなさいよ。……でも、ビンゴ、かな。結界は張られてないけど、結構派手に魔力の残滓があるみたい」
「――ジークフリートの気配は、今のところないようです。凛、マスターらしき人物の気配はしますか?」
「――ここからじゃよく分からないわ。もうちょっと近づかないと」
教会敷地の門のところに身を潜め、中の様子をうかがう。教会は遠坂の言っていた通り改修工事をしているようで、白いシートが建物の前面全体を覆っていた。今のところ周囲に工事の人影は見当たらない。
「よし、行くわよ。植え込みの影に隠れて近づきましょう。ジークフリートは不在みたいだし調査には絶好のチャンスね」
「マスターの外見は……たしか金髪の女の子だったっけ」
「そうよ。分かってると思うけど外見に惑わされて油断しちゃだめよ」
「そ、そんなの当然じゃんか。イリヤのおかげでそれは嫌っていうほど分かってるし」
「――どーだか。アンタだったらいざっていうとき絶対惑わされるんだから。ほんとに注意してよね」
「わ……分かった」
俺達は気配を殺して教会に忍び寄る。遠坂の合図で、まずセイバーが先行して中に滑り込んだ。
この教会に入るのは聖杯戦争以来だが、中は見覚えのあるままだ。どうやら工事もしていないようだし、改修といっても外装が主らしい。
「多分、なにかあるとしたら地下聖堂でしょ。士郎、そっちから中庭に出て」
「ああ」
窓から中庭の様子をうかがい、身を翻して土の上に下りる。セイバーが続き、地下聖堂への入り口を目指す。
「……幸か不幸か誰もいないみたいね。残念、マスターだけでも取り押さえられたらよかったのに」
「――? なんでさ。どっちにしろジークフリートは聖杯を狙ってるんだから、あいつを倒さない限り終わらないんだろ?」
「マスターが何考えてるのか分からないけど、ジークフリートは焚付けられてる可能性もあるでしょ。この召喚が聖杯戦争とは無関係に、なにか他の目的で行われたものだと知ればマスターに疑いの目を向けられるかもしれない。
ま、どっちにしろ令呪があるだろうからジークフリートとは戦わないといけないけどね。彼にしてみれば首根っこ抑えられてることになるから、少なくとも有利にはなるわ」
――だが、残念ながら教会にはジークフリートだけでなくマスターらしき人物もいなかった。考えてみれば、さっき二人して歩いているところを目撃されているんだから、マスターだけ戻ってきてるというのも都合がいい展開だ。
「……やっぱり魔力の残滓が強いわね。かなり強力だからジークフリートの魔力かしら。少なくとも教会関係者のものとは大分違うわ」
「少なくとも、ここを根城にしてるっていうことは確かみたいだな。神父不在の割には台所とか使った跡があったし」
「ええ、これだけ分かれば十分よ。マスターらしき人の情報も運良く手に入ったし、大収穫と言えるわ。これならこっちから行動を起こせるわね」
「凛、それならばとりあえず早急にここを出ましょう。彼らがいつ戻ってくるとも分からない。今遭遇してしまえばせっかくの有利が消えてしまう」
「そうね。そうしましょう」
そして俺達は、来たときと同様、周囲に気を配りながら迅速に教会から離れたのだった。
時刻は6時。もうとっぷりと日は暮れている。
「ねえねえ士郎、折角だからどこかで外食でもしていかない?」
と、突然遠坂がそんなことを言う。
「ん? ああ、俺は別にいいけど……」
ちらりとセイバーを見るが、彼女も異存はない様子だった。
「シロウも疲れているでしょうし、私は構いませんが」
「――そう言ってくれると助かる。実はちょっと疲れが溜まってきたみたいだったんだ」
「それはよくない。やはり途中で見張りを交代したのがよくなかったのでは……。だから私がやると言ったのです。シロウはちゃんと身体を休めるべきだ」
「いや、別に今朝は大丈夫だったんだよ。森を歩いてる間からかな、なんかこうふらふらするような感じで」
「そういえば、昨日からアンタぼーっとしてたわよね。なんかふらふらーっとしてたこともあったし」
「別にたいしたことは、ないと思うんだけど」
「まあ、そういうことなら二人ともどっかで食べてくことに異存はないわよね。実は駅前に新しい本格イタリアレストランができたって聞いたのよ。気になってたんだけど、ちょうどいいタイミングで夜に来られたから今日はそこにしましょ」
「はい、私は大歓迎です」
「――本格イタリア料理って……と、遠坂、俺そんな持ち合わせないぞ……?」
俺がおそるおそる聞くと、
「バカね、私が誘ってるんだからそんな心配しないでいいの。ちゃーんと他のことで返してくれればいいから」
……いや……だからそれが怖いんだって。
魔術の基本は等価交換。でもなんか俺が遠坂に支払うときは割増になってる気がするのは気のせいなのか――
「――さて、このまま教会に奇襲……って、士郎、大丈夫?」
「――ん、ああ、大丈夫大丈夫」
食事のあと。店を出たところで次の行動を決めようということになったのだが――
「シロウ、あまり無理はしないように。凛、今日は攻撃は見合わせましょう。攻撃の要のシロウがこれでは――」
「いや、俺のことは大丈夫だって。なんか魔力はむしろ充実してるくらいなんだ。ただ、なんかこうクラッとすることが……」
「バカね、そんなの余計危ないじゃない。宝具の投影なんて万全な状態だって反動大きいでしょ。
――やっぱりアンタ、昨日の城でなにか変なトラップにかかったんじゃないでしょうね」
「いや、そんなことは――ない、と思うんだが」
歯切れが悪い。多分大丈夫だとは思うのだが、あんまり根拠もない。
なにせ手分けして調査するために一人になって、3階を一通り見回ってから5階まで上がった記憶がないのだ。下りるときに気をつけていたが、確かに俺は5階にいた。ということは、俺は自分の足で5階まで登ったことになるのだが―― 覚えてない。確かに俺はそのまま3階を歩いていたはず……。
あれ?
待てよ、そう言えば遠坂と会ったときは真っ暗だったっけ――
いきなり真っ暗な空間にひょいっと遠坂が顔を出したから驚いたのだ。ということは、俺はあの暗闇の中をライトも付けずに歩いてたってことか――?
「――すまん、確かに絶対っていう断定はできない。でも、遠坂の見立てでは特に魔力の痕跡みたいなのはなかったんだろ? なら――」
「バカ言いなさい。確かにざっと診た感じではなにもなかったけど、痕跡を残さないような強力なトラップだったって可能性もあるのよ? もしかしたら3階に工房があって、それを守るトラップに引っかかったとか、いくらでも考えられるじゃない。なにせアインツベルンの城なんだから。
――とりあえず一旦戻りましょう。家でちゃんと診てあげるわ」
「――ああ、すまない遠坂、面倒をかけて」
「いいのよ別に。これは士郎の責任じゃないから」
「凛、バスがしばらく来ないようです」
近くのバス停で時刻表を見てきたらしいセイバーが困った顔で言う。
「ま、ここからだったら橋渡るだけなんだからそうかからないでしょ」
「俺なら大丈夫。別に今すぐどうこうっていうほど悪いわけじゃない。それよりもういい時間だし、こんなところであんまりのんびりしててジークフリートたちに見つかったらまずい。早いところ新都を出よう」
「分かりました。では行きましょう」
――だが、それが最悪の選択だったということを知ったのは、もうすぐで深山町に着くというころだった――