Fate/dragon’s dream

脚本にない章 真相の地下聖堂 前編

右手には硬い鉱物の感触。教会の廊下をすべるように早足で駆け抜ける。
 今が――チャンス。ジークフリートもファフニールも、庭で油断している。この機を逃したらおそらくもう二度とチャンスはない。彼らが私の行動に気づく前に――

この内側に向けられた結界の中ならば、彼らとて私の魔力を探知することは難しいはず。
 その、水を湛えているようにも見える地下聖堂への階段の前に立つ。握りこんだ赤い宝石を、呪と共に階段へ放り込む。

――と。
 赤い波紋が波打つ結界の表面に広がり――円を描いて固定された。人一人がぎりぎり通れるか通れないかくらいの、狭い穴。

まるでそれは、井戸の入り口のよう。赤く縁取られた円の底は、ここからだとやはり水が満たされているかのようにたゆたって見えた。

暗い暗い水の底。そこに待つものは、ジークフリートのマスターのはず。
 ……いや。きっとそれは――この地に受け継がれてしまった、ニーベルンゲンの災いの続きでもあるのだろう。

――その正体に、私はもう薄々気づいている。
 ――ジークフリートとハーゲンという二人の大英雄。ラインの黄金の継承者としてのアインツベルン。彼らの有した、ニーベルンゲンの秘宝――ビフレスト(聖杯戦争)。

それだけのものがたまたま同じ場所に集うなんてことがあるはずがない。この冬木の地に起こった事件の全ては、アインツベルンの継承したラインの黄金を中心にしていることははっきりしている。

ならば、新たに召喚されたジークフリートとハーゲンの二人が例外だと考える方が不自然と言うもの――いや、おそらくそれは例外、というか想定外なのだが、間違いなく根元は同じはずなのだ。

だけど、アインツベルンの人間は今回関与していない。城の調査では何も出てこなかったし、アインツベルンが組織だって動いているという気配もない。

ならば、可能性は二つだけ。一つはマキリ――桜の家。もう一つは、他ならない遠坂家。
 アインツベルンと関係があり、今もこの冬木に存在しているとすればこの二つ。マキリにアインツベルンから何かが伝わっていた可能性もないではない。

――だけど、ここまで来ればもっと高い可能性の方を疑う。
 ……思えば、最初から気になることはいくつもあったのだ。ただ、それは余りにも日常の風景に溶け込んでしまい、異変とも受け取られなかっただけのこと。

『あ、いえ。……猫でも迷い込んできたのかと思いまして』
 セイバーの言葉を思い出し、苦笑する。
 そんなわけないじゃない。遠坂家の結界が猫の子一匹通すと思う?

「――さあ。行くわよ」
 小声で己を奮い立たせ、結界の穴に身を躍らせる。そして、私は水面を突き破り――薄暗い階段へ立った。

「うわ……」
 思わず声が出る。
 ――なんという濃密なマナ。あの場所より数倍の密度でマナが立ち込めている――!

(急がないと――! これって、もう完全に霊脈が開ききってるんじゃないかしら……!)
 ねっとりと、質量を持つかのように、周辺の闇が肌に絡み付いてくる。息苦しささえ感じるそのマナの中を、掻き分けるようにして前に進む。

『士郎ってば! しっかりしなさい!』
 あれも、今考えてみればきっとその異変の断片だったに違いない。まったく……なにかの宝具を投影しようとしてたの、バレてないとでも思ってたのかしら。見え透いたウソ言って強がっちゃって。士郎らしいと言えば士郎らしいけどね。ヘンに咎めたりすると逆に気を遣わせちゃうし……。

曲がりくねりながら地の底へ向かう階段を下りる。
 ……この場所には本当に因縁があるわよね――
 ここに足を踏み入れるときは、ロクなことが起きない。霊脈の特異点も、ずっと上にいた誰かさんのせいで腐ってきてるのかしら。

――そして……
(……私、ルビー他にも持ってきてたっけ?)
 抜き差しならぬ物証があったのだ。いくらなんでも、魔術師が戦闘に際して装備を数え間違えるなんてあってはならないこと。

そう。私は数え間違えてなどなかった。持って行ったルビーは一つ。その一つは、アインツベルンの城で、侍女風の遺体を火葬するのに使ってしまった。
 だから私は、ジークフリートに助けられたとき、ルビーなど持ってはいなかった。にも関わらず、ファフニールの宝石箱にルビーはあった。私の魔力を溜め込んだルビーが。

ないはずのものがある。どんなに考えにくくても、論理的に導かれる答えは一つ。
 即ち――本来あるべきところから、持ってきた。彼らは、私の家からそれを持ち出したのだ。それ以外に、彼らが『私のルビー』を持っている説明がつかない。

……くそ。魔力を抜かれた他の宝石は、多分さっきの食材とか、あのへんに使われたんだろうな……。

――あの日。
 セイバーはハタキを地下から持って上がってきていた。そして士郎に、猫でも見てないかと聞いていた。セイバーは多分、なにか地下室で異常が起こった気配を感じ取って、そんなことを訊いたのだろう。

次の日。地下室で宝具を投影した士郎は、その過程に何かミスがあって気を失った。
 それだけなら、座ったそのままの姿勢で、積んであった本があんなに散らばっているはずはなかった。

それらから推理される真相は一つ――
 ――私の家の地下室こそが、ジークフリートの召喚場所であったということ――!

おそらく、士郎が宝具を投影しようとしたとき、そこにはまだジークフリートのマスターがいたのだ。ジークフリートと、そしてハーゲンを呼ぶのに使った触媒をそのマスターが持っていて、何かちょっかいをかけたと考えれば、士郎の令呪にも説明がつく。きっとあのときに、ハーゲンは士郎へと降りたのだ。

順を追って整理しよう。
 私たちが初めてジークフリートと遭遇したあの日。セイバーの服を買いに新都に出ているその間に、直前まで私たちがいた地下室で、何者かによってジークフリートは召喚された。そして――私たちが家に帰っている間に、彼は深山町を探索し――士郎の家に向かう途中で遭遇した。

次の日、地下室に残っていたジークフリートのマスターによって、士郎は気付かないままハーゲンを召喚した。対策会議をしている間に、新都に出ていたジークフリートは教会を根城にすることを決める――。

三日目。的外れのアインツベルン城の調査をしている間、ジークフリートは街をうろついていた。この様子を綾子が見ている。

そしておそらく――このときにマスターから合流せよとの連絡が入ったのではないだろうか。私たちが新都へ向かうのと入れ違いで、彼らはマスターのもとへ――私の家の地下室へ向かった。一方、もぬけの空になった教会へ私たちがやってくる。そして――

――それぞれがそれぞれの帰途について――二つの街を繋ぐ橋の上で激突した。
 だから、あの橋の戦いの前後で、この教会が様変わりしたのだ。私たちがジークフリートと戦ったあの時、敵はジークフリートとファフニールだけでなく、そのマスターもいたということになる。

だけど、そんなマスターなんかいただろうか? いや、そもそもそれを言うならば、どうやってマスターは遠坂家の地下室になんか隠れていられたのだろうか?
 姿の見えないマスター……彼はずっと、私たちのすぐ傍にいたのだ。私たちが、気付かなかっただけで。

実に簡単なこと。そのマスターは人間ではなく、地下室にあっても違和感のなかったモノだったのだ。
『……ってことは、マスターになるのは、令呪の行使は意志と魔力がないとできないけど、寄り代としては人間じゃなくてもいいってことになるわよね』

『理屈としてはその通りですが、それでは意味がない。キャスターのように特別な例ならまだしも、わざわざ寄り代を別のものにする理由がありません。
 それに、それでは寄り代からの魔力補給もできないことになります。キャスターはアサシンに20日分だけの魔力を渡していた。だから彼はキャスターが消えた後も存在し続けることができたのです』

『――そうよね。魔力をサーヴァントに供給できないものを寄り代にしても意味がないか。
 ……なんか引っかかるんだけどな』

 それは、言い換えてみれば、魔力を供給でき、令呪行使の意思決定ができるならば、人間でない寄り代でもいいということ。

そんなものが、果たしてあるのか? ……もし、あったとしたならば?
 そう、ニーベルンゲンの災いに関する何らかの魔導具が、アインツベルンから遠坂の家に伝わっていたとしたら――!
 本が、散らかっていたのだ。

『あのねぇ。こういう類のトラップは見つけにくくなってるものなの。トラップの存在自体がバレバレだったらだれも引っかからないじゃない。
 この手記にかけられたのだって、『読ませない』ためのものなんだから、最初からトラップが見えてたら解除されて読まれちゃうでしょ。だから『読むこと』それ自体を一種の儀式に見立てて、それをトラップ発動手順にしてトラップ自体は隠蔽したのよ』

 自分であれだけのヒントを言っていたのに――! あの始まりの日、私はあそこ(地下室)で何を読んだ――!?
『うーん……これかなー……えーと……古い……世の……って違うじゃないもう!』

あんまりにも古い言葉で、最初の数行だけかろうじて読めたけどすぐ放り出した本。

――古い世の物語には数々のいみじきことが伝えられている――

今に至るまで、思い付きもしなかった。

――ほまれ高い英雄や、容易ならぬ戦いの苦労や、――

ただ、どこかで聞いた事があるフレーズだなと思っただけで。

――よろこび、饗宴、哀泣、悲嘆、また猛き勇士らのあらそいなど、――

でも、事ここに至っては、もう疑いの余地はない。

――あまたのいみじき物語を、これからおん身たちに伝えよう――

それは確か、叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の第一詩節だったはず――!!

「ようこそ、若き魔術師よ。まずは礼を申し上げよう。永きに渡る眠りを覚まし、この地において物語を演じ上げる栄を賜り、恐悦至極。
 そして、おめでとう。貴女の物語に、私は祝福を与えよう。ここに辿り着いた貴女には、全てを知る権利がある」

やや高い男性の声が、ぼおっと光る地下聖堂に殷々と響く。
 うっすらと、床が光っている。それは、光として視認さえできるほどの密度のマナ。
 見たこともない図形の巨大な魔法陣が描かれ、その図形を構成する線分からは、オーラのように濃いマナが立ち上っている。
 ――霊脈が、開放されている――!

そして、その円の中央に――ソレは、いた。
 青白く光るその姿は、一目見て亡霊だと分かる希薄さ。向こう側がすけて見るその長身の優男は、長い髪をゆったりと背で束ね、軽装の服で身を包んでいる。

その、全ての色が蒼白で統一された色彩感のない姿の中で、唯一異なる――赤い色を放つものが、右手にあった。
 もはやアンティークと言った方がいいような、赤茶けた革張り表紙の、羊皮紙本。数日前に見た覚えのあるその本は、しかしある一点だけが記憶と違っている。

その表紙に浮かび上がった、赤茶けた革よりもなお赤い深紅の文様――
 ――令呪が。

「――サーヴァントであったキャスターは、受肉したとはいえ霊体だった。だから魔力の供給は行えず、本当の意味で他のサーヴァントのマスターになることはできなかった。
 でも、もし何らかの魔導具に宿る霊がマスターになったのなら――! サーヴァントの寄り代にできる魔導具という肉体を持ち、それに込められた魔力を使役し、令呪も、そしてそれを行使する意思を有する、人間以外のモノはマスターになれないのか?
 ……その答えが、あなたってわけね」

「その通りです、遠坂凛。私はこの本に宿った、ただの思念体。幽霊ですらなく、ただ指向性だけを与えられた人格の残りカスに過ぎない。そんな私でも、この地の聖杯とやらが要求する、『マスター』の条件はクリアできる。
 ふふ、皮肉だね。かつて我等の手で葬った悪夢を、今度は目的のために利用することになるとは」

「――それだけじゃないでしょ。マスターであると同時に、あなたはジークフリートを呼んだ触媒そのもの。
 あなたは自分自身を触媒に、乗っ取った聖杯の力を利用して英霊を召喚した。その本自身が、英雄との縁を持つ触媒なんじゃないの? バカみたいな話だけど、この場合それ以外考えられないもの。
 ――答えなさい。ニーベルンゲンの災いを自らの手で葬ったと言うあなたは、いったい誰!?

 亡霊は慇懃に礼をし、言った。

「これはこれは、自己紹介が遅れて申し訳ない。
 ――私はフォルカー。ニーベルンゲンの財宝が呼んだ『災い』の唯一の生き残りとなった、しがない魔術師――だったものですよ。今はご覧の通り、自らの著書『ニーベルング・ノウト(ニーベルンゲンの災い)』に宿る、残留思念に過ぎないけれどもね」

NEXT