Fate/dragon’s dream

竜と魔剣

翌朝、俺達は慌しく朝食を取り、遠坂の家へ向かった。ジークフリートが持っている竜の血の防壁――その打開策を見つけなければ、勝負にすらならない。

学校は自主休校とした。この状況では仕方がない。なにせ事態は一刻を争う。遠坂は特待生としてロンドンの時計塔への進学が決定してるし、俺も表向きは同じくイギリスの美大に進学が決定していることになっている。数日休んでも別に問題はないだろう。

遠坂邸への道のり、話題は自然に竜種についてのことになった。あの敵には、常に『竜』の字が付きまとっている。竜殺しの英雄。竜殺しの魔剣。竜の血の呪い。最強の幻想種たる竜種の天敵であり、さらにその竜種の守護さえ得ている戦士。

ならば、竜とはどのようなものか。 それを知らなければ、俺達に勝機はないだろう。ではあるのだが、竜という種族は遠坂によるともう今の世には存在していないらしい。ということは、とりあえずは遠坂邸にある古書をあたるか、竜としての因子を持つというセイバーに正確なところを教えてもらう他ない。

「竜っていうのはね、幻想それ自体だっていう説もあるの」
 道すがら遠坂がそんなことを言った。

「人間では決して勝てないと言われる所以がそこよ。あれは人間が生み出した至上の幻想なんだって。無機物と生物という違いはあるけど、宝具とその在り方は似ているのかもしれないわね」

「……」
 その言葉に、セイバーは無言だった。
「セイバーは竜の因子を持っているのよね。その尋常じゃない量の魔力は、それに由来してるんでしょ?」

「……はい。私の父はウーサー・ペンドラゴンと名乗っていました。ペンドラゴンとは巨大な竜の意です。しかし、私達一族は別に竜の血を継いでいるというわけではありません。――私のメイガスは、正統なブリテンの王家を赤い竜と予言したそうです。……おそらくそのため、私は父によって竜に『されて』しまった

「? ちょっと待てよセイバー、されてしまったって、どういう意味だ?

「言葉そのままの意味です、シロウ。凛が言ったとおり、竜とは人の持つ幻想の結晶。父がブリテンの島を取り返す前、我が王家を裏切って王を僭称した男の城で、赤い竜と白い竜が戦うという事件があったそうです。  この時、既にブリテンの民にとって自らの国を取り戻すということは、竜を生み出すほどの宿願だった。私の中の竜の因子は、この時現れた赤い竜のものに違いありません」

「――ということは、やっぱり竜っていうのは――高貴な幻想《ノーブル・ファンタズム》の一種だということ?」
「ニュアンス的には限りなく近いものでしょうね――着きました」
「ま、あとでまとめて訊くわ。今は少しでも情報が欲しいもの――」


「……はぁ」
 情けない。資料の捜索を二人に任せ、俺は一人で昨日の続き――地下の整理をしていた。
「せめて英語で書いていてくれたらなぁ」
 だってしょうがないじゃないか。遠坂邸にある古書、魔道書の大半はドイツ語で書かれてるんだから。

「そう言えば遠坂はドイツ語で呪文詠唱してたっけ……」
 一応これでも来年はロンドンに留学する身だ。藤ねえの猛特訓の甲斐あって、なんとか英語だけはかなり使えるようになってきた。しかし第二外国語まではムリ。

ま、どっちにしろ、俺では竜のことなんかよく分からないだろう。 俺は俺なりに、ジークフリートを倒す手段を考えてみようと思った。

……ジークフリートが強力なのは主に三つの理由による。一つ。本人が竜殺しであること。これは伝承が伝える本人の特性だから俺達にどうこうできるものじゃない。一つ。竜の血によって決して傷つかない身体だということ。これはセイバーと遠坂にまかせた方がよさそうだ。

「となると……」
 俺は残る最後の要素、魔剣グラムを封じる手段を考えた方がいいということになる。これだったらあの二人より、俺向きな気がする。

ヴォルスンガ・サガにおいて、選定の木の剣はオーディンの持つ神の槍『大神宣言《グングニル》』によって破壊された。ということは、あの剣の弱点はグングニルということになる。が、しかし――

「いくらなんでも、俺の投影魔術じゃどうにもならないだろうし」

なにせ神の槍だ。神が自らのために造った武器は、それ自体が既に神霊レベルであると言える。 ジークフリートがグラムに炎の封印を施して、レヴァンテインに偽装してるのもその辺の駆け引きだと思う。

神自身が使う『神具』ともなると、それは人間の英雄が扱う『宝具』よりも、更に格上の幻想のはず。サーヴァントシステムと言えど、神霊レベルのモノは呼べないように。

サーヴァントの宝具では、神の武器にはかなわない。ジークフリートはそれを知っていたが故に、通常敵対するサーヴァントであるなら絶対に勝てない武器に偽装して、動揺を誘ったのではないだろうか。

あの炎は視覚効果が優れて高い。あんな全身が燃え盛っている剣なんて、それこそ真っ先に思い浮かぶのは、レヴァンテインくらいのものだろう。

世界を滅する紅蓮の業火《レヴァンテイン》。ジークフリートと同じく北欧神話に登場する、文字通り世界の全てを焼き払った剣。最終戦争『神々の黄昏《ラグナロク》』において、ただ一人生き残った炎の巨人族の王スルトが振るった剣だ。

当然ながら、『無限の剣製《アンリミテッド・ブレイドワークス》』の中にも、神霊クラスの剣は存在しない。それらしいモノはあるのだが、伝説よりも数段劣ったものばかりだ。

ギルガメッシュの宝物庫にあったオリジナルで既にそういうモノなのだから、もしかしたら神霊クラスの武器は、神とセットになることで初めて、『宝具』から『神具』へと昇格するのかもしれない。

故に、『宝具』としてグングニルを投影しても意味がない。選定の木の剣が負けたのは、『神具』として、オーディン自身が振るったグングニルである。  第一投影した剣はただでさえランクが一つ下がる贋作だ。とてもあんな魔剣を破壊することなどできないだろう。

「とするなら、やっぱりアレか……」
 実は、まだ手はある。だが……。

「できれば、あの剣だけには触りたくないんだけどなぁ……」
『無限の剣製《アンリミテッド・ブレイドワークス》』には、ジークフリートを殺した一族に伝わる魔剣が存在している。

――ダインスレフ。

強力な復讐の呪詛を含む、ニーベルンゲンの宝の一つ。ジークフリートの寝室を襲ったグットルムがそれを持っていたというわけではないのだが、ジークフリートの短命の原因であり、間接的とはいえ殺したとも言える、ニーベルンゲンの呪いが形になったようなシロモノだ。ジークフリートにとって相性がいいわけはないだろう。

もちろん、俺自身がそんなものを投影して戦ったって、ジークフリートに勝てる確率はゼロだ。そうではなく、投影魔術を使って剣の基礎骨格をなぞることで、ひょっとしたらジークフリートに不利ななにかを見付けることができるかもしれないという、ただそれだけのこと。

もちろん見たときに解析はしたが、一度ちゃんと魔術回路を通して解析すればより多くの情報が手に入る。それでなんとかなりそうなのであれば、その時に宝具を投影すればいい。

幸いここは遠坂家の工房だ。あたりに満ちるマナの密度は、おそらくここが霊脈の真上だからだろう、かなりのものだ。ここなら多少の魔力はまぎれてしまう。

もっとも……セイバーはともかく、パスの通じている遠坂には多分バレる。まあ、別にそこまで危険なことをするわけでもないし、分かってくれるだろう。――お仕置きはされるかもしれないけど。

「……そうなんだけど」
 尻ごみする。あの剣は、なにしろヤバいのだ。なにがヤバいかって、その性質がヤバすぎる。

グラムを始めとする魔剣の多くは、栄光だけでなく破滅をも持ち主に与える。巨大な魔力を持つ剣という『奇跡』の代償なのか、それとも英雄という運命を背負った人間に付き合った剣が結果としてそう呼ばれるからなのか、それは分からない。

剣が先か運命が先か。そういう意味でいうならば、英雄の持つ剣の大部分は魔剣と呼べるものであって、セイバーのように純粋に『聖剣』と呼べるものはむしろ少ないのだ。

いずれにしろ、魔剣とは、栄光だけでなく破滅をも与えるがゆえに、そう呼ばれている。その意味でいうのならば、ダインスレフは魔剣ですらない。

なにせあの剣によってもたらされた栄光というものは、何一つないのだ。凄まじい力を持ちながら、持ち主さえよく分からないのはそのせいだ。剣の与えた結果が華々しいからこそ、英雄は有名になり、彼の使っていた武器も知られる。

だが、与えるものが破滅しかないなどという剣の持ち主が有名になる道理がない。持ち主を血塗られた道に突き落とし、破滅をもたらしながらも何一つとして見返りを与えない剣。

「――ま、可能性があるならやるしかない」
 工房の真ん中にあぐらをかいて座り、目をつぶる。瞼の裏に浮かぶのは、赤く燃える空、荒涼たる大地。無数の剣が眠る墓標――
並ぶ撃鉄を下ろし、魔術回路を開く。

「――検索《スキャン》、開始《スタート》 ――発見《クリア》
 ――あった。まるで煮立った溶岩がそのまま冷えて固まったかのような、突起だらけの柄。そこから伸びた、凝固した血液を思わせる赤黒い刀身。

……これって、まさか聖杯のなかの泥が冷えて固まったものとか、そういう類のものなんじゃないかな……本気でそう思わせるほど、それは不気味な剣だった。

「――投影《トレース》、開始《オン》」
 工程は第6まで。全てを投影する必要はない。この剣の持つ呪いさえ解読できれば――

創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、制作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し――

……ぐ――なんだ、これ。――脳味噌を搾り取られるような、この感覚。
――魔力が、吸い、取られる?

いや、というより、まるで――
――まるで、血を、吸われて、いるような――
――首筋に、蛇が、噛み付いているような、鋭い痛み――そして、

おおォ…ぉオおおォォぉおォぉおおお……
嘆き、叫び、怨嗟の声。聞こえるはずのない、幻聴が――
――やばい、これ、は――!
扱う人間の意識を乗っ取るタイプの妖剣――!?

「――回路《サーキット》、遮断《オフ》。投影《トレース》、強制終了《ダウン》」
その途端、何かが凄まじい勢いで押し寄せてきた――!?

「う……が、はっ……――――!!」
イメージとしては黒い濁流のようなもの。それが何なのか考える暇もなく、死に物狂いで、魔術回路だけ、閉じて、目も開けることなく、そのまま、俺は、意識を失った―――――


「――――!!」
 
誰だろう。誰かが、呼んでいる。だめだ……眠いんだよ、寝かせてくれ――
「――――!!」
 
落ちてくる瞼に逆らい、無理やり目を開ける。霞む視界。泣きそうな顔でこちらを覗きこんでいるのは (切嗣《オヤジ》……か……?)
 当たりにたちこめる、熱気。死臭。取り囲むのは、焦げ爛れた、死体。それは、10年前の、炎の――
「――――!!」
 
誰かが、叫んでいた。

「――! ……士郎! ちょっと、士郎!」
 
ぺちぺちと、なにかが頬を叩いている。ん、なんか、冷たくて気持ちがいい……
「士郎ってば! しっかりしなさい!」
 
何か言っているのが遠坂の声だと気付いたところで、やっと意識にかかっていたモヤが晴れてきた。

「……え……あ、遠坂……」
「……遠坂、じゃないわよもうっ! いったいどうしたの?」
……そうだ、俺は。ダインスレフからニーベルンゲンの呪いを知ろうとして――

「呼んでもこないからどうしたのかと思って来てみれば、工房の真ん中で倒れてるわ、本は散らかってるわ……なにかに襲われたかとでも思っちゃったじゃない!」
……遠坂は俺が宝具を投影しようとしていたことに気付いていないのか?

「――あ、ああ。大丈夫だ。ちょっと、気分が悪くなって――」
 苦し紛れにそう言うと、遠坂はちょっと考えこんで、

「――マナに当てられたのかもしれないわね。ここって霊脈の真上だから、マナの密度が高いのよ。慣れてないと軽い中毒みたいになって、気分が悪くなるのかもしれないわ」
 と、言った。

「――そう、かもしれない。でももう大丈夫、ちょっとくらっときただけだからさ。……多分、倒れるときに、そこに積んであった本の山に頭をぶつけて、そのせいで意識が飛んだんだと思う。なんか痛い」

後頭部をさすりながら言う。うそだ。しかし、あまり遠坂に心配はかけられない。ただでさえ出来の悪い弟子で苦労かけてるんだ。要らない心配をかけたくない。

……しかし、その甲斐あって、なんとかニーベルンゲンの呪いを見ることができた。とりあえず、ジークフリートには役に立たないことは確かだ。だって――

「……あ」
「――? どうしたの? やっぱりまだどこかおかしい?」
「――いや、なんでもない。それより、そっちの方はどうなったんだ? 呼んでたってことは、何かわかったとか」
「ええ、なんとかね。資料自体がかなり少なくて、すぐ底をついたって感じだけど。今、セイバーがまとめてくれてるから、彼女から直接話を聞きましょう」

「分かった」
 遠坂に続いて、地下室を出ようとする。
「と、片付けておかないとな」
 多分倒れたときにどこかに引っ掛けて倒してしまったのだろう。散らばった本を積み重ね、俺は工房を出た。


「遅かったですね、凛、シロウ」
「ああ、悪い。ちょっとな」
「何がちょっと、よ。もう、あの程度のマナに酔うなんて情けない――」
 ふぅ、と嘆息する遠坂。
「う……悪かったな出来の悪い弟子で」
「魔力酔いですか」
「もう、そろそろしゃんとしてよね。ロンドン行ってそんなだったら、恥をかくのは私なんだから」
「……鋭意努力します」

くそ、言いたい放題言ってくれちゃって。ま、それで宝具を投影しようとしたことが隠蔽できるなら安いもの。

――もっとも、それほど危険なことではなかったのだ。魔力は十分だし、一回程度の魔術行使にはなんの問題もない。まずったのは、投影しようとしたものが異常であって、それで無理やり術式を中断してしまったことだ。最初から全部投影するつもりでやれば、まず失敗はしなかっただろう。

だが、ちゃんと終了できずにコケたのもまた事実。半端に投影しようとするのは今後やめることにしよう。うむ、反省。

「セイバーの方は?」
 俺は遠坂と共にソファに身体を沈めた。
「はい。いくつかの文献で私も知識の補完と補強ができました」
 そう言うと、セイバーは座り直し、真剣な顔になる。

「まず、竜というのは最強の幻想種と言われていますが、その言い方には語弊があります。さっきも少し言いましたが、最強の幻想種として竜という種があるのではなく、幻想として最強クラスのものを竜と呼ぶ、ととらえた方がいいでしょう」

「――つまり、竜という種の獣がいるわけじゃないのね?」
「――幻想種の中には、確かに翼の生えたトカゲのようなものは居ます。しかし、神話や伝説で語られるような、極めて知能が高く、強力な魔力を持つモノたちは別格です」
「ふぅん。私は神格が高くて、ものすごい魔力を持った獣っていうのを想像してたんだけどな」

「実体としてはその通りですが、私が言っているのは、その在り方です。人間が見る夢、理想、欲望――。そういった『幻想』の想念が姿を変えた神秘のなかでも、最上級のものが竜という獣になる。存在自体が神秘とされる幻想種、幻獣における最高クラスということは、つまりそういう意味です」

「それじゃ、やっぱり高貴な幻想《ノーブル・ファンタズム》としての宝具と似た存在だってことよね」
「幻想を骨子にし、固体化された神秘という意味では確かにその通りですね。固体化した姿が武器という無機物になるか、竜という生物になるかの違いと捉えておけばいいのではないでしょうか」
「ふぅん――」

「ただ私が知る限りでは、竜とはその骨子が『欲望』であることが多い。物語などによく見られる、『宝を守る竜』というのはその典型でしょう。ジークフリートが屠ったファフニールはその中でも雛型です。  私の象徴たる『ブリテンの赤い竜』も、そもそもは『国を取り戻したい』という民人たちの願いから生まれたもの。竜の誕生には、そのような生々しい人間の欲望が、大きく関係しているのではないでしょうか」

「……」

「欲望を中核とする幻想――人間の欲望の向かう先は、いつどこの時代でも、最後には『肉体の超越』に帰着します。器たる肉体の束縛を断ち、魂を解放する究極の到達点、神への道。不老不死、無限の富、現世のあらゆる障害を乗り越えられる絶対的な力。その力への憧憬が竜という姿であり、そしてそれは言いかえるならば――」

「……」
「――ヒトの見る最後の夢物語、辿り着けぬ『永遠』を恋焦がれる力の具現だと言えるでしょう」
「――永遠――」

「――セイバーの言いたいことは分かるわ。多くの竜殺しの英雄たちは、そのほとんどが少年時代の最後のころに竜殺しをするの。そうして、彼らは現実を知ることで大人になっていく。
 ……でもね、英雄と竜の関わり方はもう一つあると言われているわ。それは、『竜と対話する存在』。――竜殺し《ドラグーン》と竜の対話者《ドラグナー》。数ある英雄の資質の中でも、飛び抜けて特殊な技能がこの二つだと言われているのは、竜という存在にはセイバーの言ったような意味があるからでしょうね」

「はい。サーヴァント中随一の騎乗能力を持つライダーのクラスでさえも、通常は竜種を乗りこなすことはできません。
 竜を従えるには、竜の対話者《ドラグナー》という極めて特殊な技能が必要です。そして、竜を殺すということは、即ち『永遠への憧憬を断ち切る』ということに他なりません。
 自らの死にゆく運命を受け入れ、決して目を逸らさずに進んで行く力を以って、肉体を超越しようとする最強の幻想を打ち破る。それは、自己完結した、一つの世界を切り伏せることと同義です。
 ですから、竜殺しとは、その行為自体で一つの奇跡に相当するのです。英雄の条件としては、申し分ありません」

「……」
「ジークフリートもその永遠への憧憬を殺した。その時、竜が迸らせた血液が、ジークフリートに同様の幻想を植え付けたのではないでしょうか」

「それが、竜の血による永遠……不死ってわけか。でも、ジークフリートは竜を『殺した』んだから、永遠という幻想を否定したわけよね?」
「ですから、多分ジークフリートにとっては竜の血による不死は余計な産物、むしろ呪いに近いものでしょうね」

「なあ、そこで聞きたいんだけどさ」
「なに? 士郎」
「ジークフリートは竜を殺して不死の呪いを得た。で、同時に『短命の呪い』であるニーベルンゲンの財宝を手に入れてるわけだろ」

昨夜感じ、さっき思い当たった違和感の正体がこれだ。つまり、彼は竜を殺したことで死と不死の両方を手に入れたってことだ。

「それってなんだか矛盾してるように思えるんだけど」
 
遠坂ははぁ、とため息をついた。

「あのね、士郎。不死っていうのはあくまで比喩よ。概念的な不老不死じゃないわ。要するに極端に死ににくくなったってだけで、血のかかってない部分をやられれば死ぬもの。実際、ニーベルンゲンの歌でジークフリートが死んだのは不死の穴を突かれたからだし」

「いや、だから余計にだよ」
「へ?」

さっき投影したダインスレフで分かった。ニーベルンゲンの呪いとは、その財宝に関わる者の欲望を増幅させ、同時に持ち主の運気を極端に引き下げる呪いだ。持ち主は黄金をめぐる争いごとに巻き込まれ、その中で不運に見舞われ死ぬのである。

そして、ダインスレフにかかっている復讐の呪詛は、宝を巡る争いでその刃にかかって死んでいった者たちの、宝がもたらした運命に対する呪詛だ。

血の復讐……財宝を得るために自分を殺した、財宝の所有者に向ける復讐の念。それが凝り固まって、ダインスレフは自らの使い手である財宝の所有者を殺す。

あの剣は、破滅のみを持ち主に運んでくるのではない。あの剣にとっての栄光とは、自らの使い手を殺すことにほかならないだけの話だ。

――そして、そのような財宝を巡る争いに巻き込まれても、ジークフリートは痛くも痒くもない。なにせ、傷つかないのだ。その上、唯一の急所は背中である。一体どんな戦士が、竜をも殺す英雄の背中を取れるというのだろう。

「――――」
な? おかしいだろ。ニーベルンゲンの歌は俺は知らないから、どういう状況だったのかは分からないんだけど。ジークフリートを殺したヤツって、そんなにすごいやつだったのか?」

「……ニーベルンゲンの歌でジークフリートを殺すのはハーゲンよ。……そうね、昨日の続きでもあるし、ニーベルンゲンの歌の粗筋を話しておいたほうがいいみたいね」
「それは助かります。――凛がクリームヒルトの肩を持つ理由が是非知りたい

「なんかやけにこだわるわね。ま、いいけど。でも、途中までサガと大筋は同じなのよね。細部に違いはあるけど、大きく違うのはジークフリートが死んでからだし」
「じゃあ、そこまでは簡単にすっ飛ばしてくれ」

「分かったわ。まず背景としては、ニーベルンゲンの歌はサガと違ってキリスト教世界の話になってるってこと。だからもう北欧神話の神々、オーディンとかは出てこないし、グラムもバルムンクって名前を変えてるわ。みんなキリスト教徒の世界だから、魔術なんて異端もない」

「魔術がない?」
「表向きは。でも、ジークフリートだけは反則的な力を持ってたりして、不自然だけどね。あ、士郎、悪いけど紅茶を淹れてくれる? 長くなるかもしれないし、練習だと思って」
「おっけー。じゃ、ちょっと待っててくれ。俺も聞きたいんだからさ」
 すぐにでも話し始めようとする遠坂に釘を刺して、俺は厨房へ向かった。

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