Fate/dragon’s dream
今、成すべきこと
「さて、と」
簡単な朝食を取ったあと、俺たちは再び城内の探索を行った。
「多分ここにはイリヤの工房もあると思うんだけど……さすがに工房にはそう簡単に近づけないようになってるみたいね」
いくらなんでもこのだだっ広い城からアインツベルンの工房へ通じる隠し通路を見つけるなど、1日2日ではできなさそうだ。
「確かにアインツベルンの工房には興味があるけど、今回はそこまで拘る必要もないわね。どうせ誰も住んでないのは確かみたいなんだし」
午前中一杯かけて探索したが、成果らしきものは何もなかった。だが、昨夜見つけた手記だけでも上々の成果と言えるだろう。
別れを言いにイリヤの墓にもう一度訪れ、アインツベルン城を後にしたのが昼過ぎ。ここから森の入り口まで2時間強、さらに帰りは徒歩になるから衛宮邸に帰り付くのは夕方になる。
「――聖杯戦争が表向きには7人の魔術師と7人のサーヴァントによる聖杯争奪戦というふうに偽装されてたのは、やっぱり魔術師協会の目を欺くためだったのかしらね」
帰り道、遠坂がふとそんなことを言った。
「――それもあるでしょうが、根源への孔などというものは全ての魔術師にとって垂涎(すいぜん)の的……始まりの御三家の間で、なにか争奪戦が起きたのではないでしょうか。それを解消するために、敢えてそういう形を取ったとも考えられますね」
「確かに、理由はどうあれ勝ち残れば聖杯は手に入るんだから、マスターからしてみれば騙されていると分かっていても損はないな」
「聖杯に必要だったものは英霊の魂のみなのよね。マスターはサーヴァントの寄り代に過ぎない……」
「――そう言えば、聖杯戦争の時のアサシンは柳洞寺の山門が寄り代だったそうですが」
「へ?」
「それって、どういうことだ?」
「アサシンを呼び出したのはキャスターでしたが、サーヴァントがサーヴァントの寄り代になることは不可能です。キャスターはアサシン召喚のための触媒としてあの山門を用い、それ自体をアサシンの寄り代としたのだ――と、アサシン本人が言っていました」
「そしてキャスターは令呪だけ手に入れた……ってことは、マスターになるのは、令呪の行使は意志と魔力がないとできないけど、寄り代としては人間じゃなくてもいいってことになるわよね」
「理屈としてはその通りですが、それでは意味がない。キャスターのように特別な例ならまだしも、わざわざ寄り代を別のものにする理由がありません。
それに、それでは寄り代からの魔力補給もできないことになります。キャスターはアサシンに20日分だけの魔力を渡していた。だから彼はキャスターが消えた後も存在し続けることができたのです」
「――そうよね。魔力をサーヴァントに供給できないものを寄り代にしても意味がないか。 ……なんか引っかかるんだけどな」
うーんと考えこむ遠坂。
「……なあ、遠坂。大聖杯の場所は分からないのか?」
「え? ああ、大聖杯ね。確定はできないけど予想はつくわ。なにしろ『場所』を提供したのは遠坂家(ウチ)なんだし」
「――それは、どこに」
「霊脈の特異点は冬木の地に4つあるって話したっけ? 柳洞寺、遠坂の屋敷(ウチ)、新都の教会と冬木中央公園よ。
聖杯の出現地点はこれら4ヵ所を順番に回っていって、前回にまた最初のポイントに戻った。普通に考えれば、大聖杯のある場所は最初のポイント――つまり柳洞寺ね」
「柳洞寺? でも、大聖杯なんて相当大きな魔方陣なんだろ? それらしきものなんて見なかったと思うんだけど」
「……だから確定はできないって言ったじゃない。見えないんなら隠してあるんでしょ。例えば――地面の下とか」
「――地面の、下?」
「普通に考えればそれしかないんじゃない? 入り口がどこかまでは分からないけど」
そういえば、以前一成が言っていたような気がする。『お山には古くから龍神が住むとされ、龍神のはらわたには祭壇がある』とかなんとか。
「結局、重要な地点となるとあの山になるのですね。しかし――」
「ええ、流石にすぐには飛びこめないわね。知っての通り山の周囲はサーヴァントにとって鬼門、おまけに流れからすれば大聖杯は復讐者によって占拠済み。
ジークフリートのマスターもいるのかどうかは知らないけど、アンリ・マユの本体がいるって以上、そうやすやす近づける場所じゃないわ」
「んー、じゃあどうするんだ? 一旦ウチには寄るとしても、その後は?」
「――そうね……」
「凛、その前に」
セイバーが言う。
「私達が大聖杯をどうしたいか、ということを決めることが先決だと思います。
――あの聖杯は汚染されたとはいえ、根源への道を作る装置としては機能しています。ただ、その過程において、ヘタをすれば恐ろしく多くの人間を殺す毒を撒き散らすことになるでしょう。魔術師として興味を持つのは当然ですが、しかしあの聖杯の在り方は――」
「もちろんよ。たとえ根源へ至るためでも、あんな呪いを吐き出し続ける聖杯なんて使えないわ。中に居座っている呪いを浄化できるっていうんならまだしもね。
とはいうものの――破壊したいのはやまやまだけど、現実にできるかどうかは別問題よ。正直、おとなしくしててくれるんならあんまり触りたくはないわ」
「確かに……しかし放っておけばいつか再び聖杯戦争は起き、その度に呪いが溢れることになります」
「俺は――大聖杯は破壊するべきだと思う。前回は溢れる前に壊すことができたけど、次も大丈夫だとは限らない。それに――」
――それに。あの火災の原因が聖杯に満ちた呪いだというのなら。俺はどうあっても、大聖杯を破壊しなくてはならない――
「士郎の言いたいことはよく分かるわ。でも、中身はこの世全ての人間を呪い殺す魔王と化したサーヴァントよ? 万全の上にも万全を期さないと太刀打ちできる相手じゃない。
今はおとなしくしてるみたいだけど、変に触って暴れ始めたりでもしたらそれこそ大事よ。私は大聖杯の破壊に関してはジークフリートの一件が済むまで置いておいた方がいいと思う」
「――ん、そうなんだろうけど」
口を尖らせた俺に、遠坂は真剣な目を向けてきた。
「大丈夫。放置するなんてことはしないから。ただ、この事件が終わるまでは我慢して。
根源への門を潰すんだからバックアップはなにも期待できない。たとえ呪いが満ちていようと魔術師協会は猛反発するでしょうし、汚染されてるなんてことが教会の方に知られたら、危険だから封印させろとか適当に理由をつけて管理権を主張するに決まってるわ。そうしたらそれこそ泥沼になる。
大聖杯の破壊は私達だけで秘密裏に行わないといけない。そのためにも準備は万全にしたいの。 分かって衛宮くん――私は大聖杯は破壊したいけれど、それ以上に貴方達誰にも死んでほしくないのよ」
遠坂は祈るような目で俺を見つめてくる――。
――クソ、自分のバカさ加減に呆れる。 遠坂がそんな呪いを放置しておくなんてことができるようなヤツじゃないってことは、俺が一番よく知ってるはずじゃないか――! なんで遠坂にこんな心配かけさせてるんだ俺は――!
それに、独断で聖杯を破壊するってことは協会にも秘密だって言っていた。
ヘタにばれれば特待生として時計塔へいくことも取りやめられてしまうかもしれないし、それどころか最悪、裏切り者として協会から除名される可能性だってあり得るんだ。
遠坂はそういう危険を冒すことを承知で、聖杯は放置しないと言ってくれているのに――!!
「――すまない。そうだよな、あせることなんてないんだ。大聖杯の場所も危険性も知っているのは俺達だけなんだし、聖杯が活動を始めるまでまだまだ時間はある。いつになるか分からないけど、皆で頑張って大聖杯を壊そう。――その、急かすようなこと言って悪かった。ごめんな遠坂」
「……! ……ふん、分かればいいのよ分かれば! ――もう、ほんとに士郎ってばそういうところはちっとも変わらないわよね」
照れる遠坂を見て、セイバーが柔らかく微笑む。
「――ジークフリートは、聖杯を手に入れてどうするつもりなのかな」
俺は、ぽつりと疑問を口にした。
「え?」
「ジークフリートの願いってなんだろうなって思ったのさ。サーヴァントが聖杯の呼び出しに応じるのは聖杯が欲しいからだろ? あいつははっきり聖杯に用があるって言ってたし」
「……それで? それがわかったところでどうかなると思ってる? 甘いわよ士郎。もうこっちだってセイバーがやられてるんだから、平和的解決に持ちこめるかもなんて楽観もいいとこよ。
第一、あいつ聖杯のシステムについて妙に詳しく知ってたじゃない。大聖杯に直接ちょっかいかけるヤツがマスターなら、そのくらいのこと知っててもおかしくはないけど、ジークフリートはそれを知った上で私達を襲ってきたのよ?」
「でも、じゃあなんでセイバーを見逃したのさ。そこまで知ってるんだったら、どうしたってセイバーは倒すことになるって知ってたはずだろ?」
「……おそらく、彼にとって私は敵ではないのでしょう。口惜しいですが、聖杯戦争で私と彼が普通に激突したら勝敗は明らかです。それに、彼はどうも聖杯戦争が起こっていると思っているようですし、その戦争自体を楽しんでいる節もあります。
いつでも倒せるサーヴァントは放っておき、他にいるはずのサーヴァントとマスターを捜しているのではないでしょうか。自分にとって問題ないサーヴァントとマスターは、放置しておいたほうが勝手に潰し合ってくれてむしろ都合がいいと考えたのでは――」
「――かんっぺきに舐められてるわね……!! いいわ、そういうことならそれが間違いだったって教えてあげようじゃない。士郎、昨日言ってた作戦は行けそう?」
「行けそうかって……厳しそうだって自分で言ってたじゃないか。いくらなんでもあれだけで倒せるとか俺でも思ってないぞ? グラムを封じる手がないとセイバーでさえ近づけないだろうし」
「それにジークフリートはまだ宝具の真名も展開していません。低く見積もってもグラムの真の力は私の聖剣と拮抗するほどの出力を持つでしょうから、真正面からぶつかることが得策とは到底思えない」
「……っ! 分かってるけどさ。悔しいじゃない。なんとか一泡吹かせてやりたいけど――」
と。遠坂ははたと口を止め、さっきからしきりに額を擦っている俺を見た。
「士郎? さっきからオデコ掻いてるけどどうかした?」
「あー、なんか今朝から妙に痒くて。虫にでも刺されたかな」
「赤くなってますね。少し腫れているようですし、できるだけ擦らないほうがいい」
「ん、気をつける……
で、話を戻すけど、そういうことなら新都でも偵察してみるか?」
「――え? 何よまた突然」
「いや、こないだの戦闘のあと、ジークフリートは新都の方に去ってっただろ? だから向こうに隠れ家があるんじゃないかなと」
「……でも、単に偵察してただけかもしれないわよ? マスターの居場所はわからないけど、柳洞寺の地下にいる可能性もあるし」
「だけど実際問題として柳洞寺の地下にずっと篭もるなんてことは不可能だろ? それにそもそも大聖杯には復讐者がいるんだし、そのマスターにとっても危険だってことは変わらないじゃんか。別の場所に拠点を構えててもおかしくはないと思うんだが」
「柳洞寺の地下に行かないのであれば、やはりジークフリートとの戦闘は避けられないでしょう。ただ、もしマスターを発見して取り押さえることができるなら、交渉次第で回避できるかもしれません。
聖杯が危険な呪いに汚染されているということをジークフリートが知れば、あるいは彼は聖杯を諦めるかもしれない。……それでもダメならば、もうどうしても彼を倒さない限り決着はつかないでしょう」
「――やってみるしかないってわけか。そうやすやすと見つかるようなところにはいないと思うけど――分かったわ。ダメモトでとりあえず新都に行ってみましょう。……その間になんとかジークフリートを出し抜ける手段が見つかればいいけど」
結局俺達は森を抜け、衛宮邸に帰り付くまでずっと作戦会議をしていたのだった。