Fate/dragon’s dream

橋上の死闘 後編

「グラムがなんで竜殺しの魔剣《ドラゴンスレイヤー》って言われるか知ってっか?」
  風に吹かれ、偽物の幻想は塵と化して消えてゆく。
 それを冷ややかに見やりながら、その場でただ一人無傷の勇士はゆっくりと言った。

「こいつはな、別に竜だけを殺すためのもんじゃねえ。もっと根本的なものを切るための剣だ。歪み、ねじれ、本来ありえないモノ。魔や幻想ってやつまでもな。
 竜ってのはまさに最高純度の幻想だ。だからアレには絶大な威力を発揮する、ただそれだけのことなんだよ。
  俺自身は呪いを呼び込んじまうが、グラムはそれを叩っ切る。なにやらイカサマくせぇ呪詛を乗っけてたようだが、その程度の魔力で作られた呪いならごらんの通りだ。それにな」

無造作に胸に突き刺さった宝具を引き抜き、それがどうかしたの? という目で俺を見やるファフニールをあごで指し、

「そいつはな、小僧、オレの一部だ。脳みその一部なんだよ。なるほどな、解呪の宝具か、考えやがったな。
 確かにお前が考えたように、もしそいつがオレにかけられた竜の呪が形をとったやつなら、それでそいつは消えただろう。晴れてオレは子守から脱出、万々歳だな。
 だがよ、そんなチンケな仕掛けを残す程度だったらオレが苦労するわけないだろう。
 忘れてねぇか? オレは竜殺しだ。さっきもアルトリアが言ってたが、ただの呪いだったらぶった切りゃそれで終わりなんだよ。
 そこのガキはただの管理人だ。オレの――」

ジークフリートはとんとんと自分の胸を指で叩き、
「このオレの中にある、『闇を抱く竜のまどろみ《ファフニール》』って宝具の、な」
 ――そう、言った。

ちょっと、待て。
 それじゃなにか? この娘はつまり、
「そういうことだ。ナマモノだが、そいつはれっきとしたオレの宝具だ」

――そうだ。遠坂もセイバーも言っていたじゃないか。
 竜とは幻想の結晶体。高貴な幻想《マーブル・ファンタズム》としての宝具に限りなく近い存在だと。

もし、ある英雄が死に際して竜の残したモノを持っていたら。
 それが宝具になってどこがおかしいというのだろう――
 ルールブレイカーが効かなかったのも当然だ。
 いくら強力な解呪と言えども、宝具を初期化することなど……できはしない。

「生きた宝具――そんなのアリ?」
 力なく笑う遠坂は当身のダメージが残っているのか、足がよろけている。
 傷を負ったセイバーはジークフリートの向こう側で地に膝をつき、動かない。
 胸から流れ出る血は歩道の端に達していた。

――手は全て封殺された。
「もうっ信じられないっ! こーんなイタイケな女の子の胸を刺すなんてっ! ヘンシツシャー!」
 ファフニールがふわりと浮いてジークフリートの元に飛んでいく。

勝敗は決した――
 セイバーはもう限界だ。魔力は極限まで削がれ、おそらく身体の維持だけで精一杯なはず。
 遠坂もセイバーに回す魔力が大きすぎて、戦闘は不可能か。
 ――だけど

「さて、第一の難関《レージング》も第二の難関《ドローミ》も越えたわけだが……小僧、てめぇに聞きたいことがある」

まだ俺がいる。
 遠坂からの魔力は完全にカットだ。あいつにはセイバーを助けてもらわないといけない。
 俺の自前の魔力だけで二人を助ける。

――助けてみせる。
 それが

ドクン

『理想を抱いて――』
どれだけ無謀なことであろうとも。

ドクン

『間違いなんかじゃ――』

「てめぇ一体何モンだ。オレの術は見破るわ、宝具は投影するわ、どう見たって雑魚のくせになんでそんなことができやがる。
 さっきの槍、ありゃグングニルじゃねぇよな。たしかケルトの方に伝わったゲイボルクだったか。てめぇ自身が使えねぇ呪詛を乗っけることができるたぁ、本当に宝具を寸分違わず投影しやがったな。
 ――答えろ小僧」

「―――――セイバーに手を出すな」
「……あン?」
「セイバーに手を出してみろ、俺が――」
「――……小僧」

瞬間。
「士郎!」
「うぐ……!」
 いつの間に俺の目の前まで移動したのか。
 ジークフリートは目に怒りを湛え、俺の襟首をつかみ上げていた。

「小僧、他人の心配してる場合か? オレは聞いてんだよ、てめぇが何モンなのかってよ。
 どっちにしろあの竜はもうだめだ、グラムで切られるってことがどういうことかすぐ分かる。
 ――もう一度聞くぞ小僧。てめぇは一体」

「――何度、聞かれたって同じ、だ……。セイバーと、遠坂に、手を出すな」
「……士郎」
「――分かった。死ね小僧」
 グラムの切っ先が、吊り上げられたままの俺の心臓にぴたりと狙いを定めた。

 ――そう簡単に
「死ねるか――!」
 工程をすべてすっ飛ばし、一息に陽剣干将と陰剣莫耶を投影、ジークフリートの腕を切りつける!

「チッ」
 振り払われた腕を忌々しげに振り、ジークフリートは俺に狩人の目を向けた。
「これでも食らえ――!」
 背後から遠坂の援護射撃が飛ぶが、ジークフリートは構わず俺に向かって突進する――!

ぎぃん!
 ぎぃん!
 ……二合持たない。

一撃で干将は霧散し、続く一撃で莫耶も消滅した。
 砕かれた、という感じではない。まるでバターでも切るかのように、深奥の骨子そのものが断ち切られている。

ジークフリートの言うとおり、グラムは幻想破壊に特化した概念武装の宝具。幻想を結び剣を実体化させる投影魔術では、グラムには抗すべくもないということか――!
 ならば――!

「投影開始《トレース・オン》!」
「ん!?」
「えっ!? グラム!?」
 同じ反幻想の概念を持つもの同士ならばどうだ!?

ガギィッ!! おっし、耐えた!
 そのまま組み合った剣を軸に、身体を半回転させてジークフリートの向こう側に回る!
 ――が
 ガスっと音がした途端、一瞬気が遠くなり、次の瞬間には視界がすさまじい勢いで流れていた。

あ、そうか……どてっ腹を蹴り付けられたんだ――
 痛みで麻痺した思考を、更なる衝撃が強引に引き戻す。
「が……」
 こぼれ出る呻き。鉄製の柵に叩きつけられた身体が悲鳴を上げる。

「――げ、ふ……」
 口の中を切ったのか、血の流れを口元に感じる。
「衛宮くん!」
 遠坂の悲鳴。霞む視界のなか、突進してくる白い戦士が見える。その手には、銀光を放つ魔剣が握られ――

――瞬間。一番見たくなかったモノが目に入る。
 横合いから飛び出してきた青い旋風が白い狼にタックルをかけた。だが、力に満ち溢れた魔獣はつむじ風など容易く跳ね飛ばし、その白く輝く牙を――

「セイバ――――――ッ!!」
 考える前に身体が動いた。
 血にまみれたセイバーの姿が見えた。そしてそれに振り下ろされる凶刃が。
 セイバーを突き飛ばした。

魔剣の軌道は、代わりに割って入った俺の頭蓋を断ち割る直撃コース。
 あのわけの分からない回復能力は、頭の半分を削ぎ落とされ、脳漿撒き散らした死体を生き返らせることもできるだろうか。

死んだかな、俺――
 刃は、俺の頭の皮膚で止まっていた。
 少し刃がめり込んでいるのだろう。頭頂部から血が流れ、目にかかる。

「てめぇ、死ぬ気だったな」
「……そんなことは」
「ざけんな。この状況で言えるのか」
 倒れこんだ俺に魔剣の切っ先が突きつけられる。

「……ああ。俺だって死にたくはないからさ」
「……なんで飛び込んできやがった。サーヴァントはお前を助けようとしただけだろうが。なんでお前が身代わりなんぞになろうとする」
「――目の前で女の子が殺されようとしたんだぞ。そんなの、許せるもんか――!」

ジークフリートは鼻白んだように、剣を引いた。そして、さもおかしそうに口元を歪める。
「正気か小僧。サーヴァントは守らせるものでありこそすれ、守る対象じゃねぇ。オレらはそういう存在意義でここにいるわけじゃねぇんだ」

「……そんなの知るか。聖杯戦争はもう終わったんだ、セイバーはサーヴァントとしてここに残ってるわけじゃない!
「……」
 ジークフリートの剣が下がる。細められた青い瞳が俺を射抜いた。

「そいつはいけねぇな、いけねぇよ小僧。だったら余計に、とっとと英霊の座へお帰り願わなくちゃな。
 あるべきものはあるべきところへ。それを命をかけてまで捻じ曲げる理由がてめぇにあるのか」

「――」
 ある。
 この平和は、セイバーが受け取るべき正当な報酬。
 幾多の戦いを駆け抜けてきた騎士王が、やっとたどり着いた約束の地。

それを奪い取るというのなら、俺は
「――守ってみせる」

――正義の味方であり続けることを

「絶対に、セイバーは守ってみせる――!」

俺は俺は、あの赤い外套に誓ったのだから。

「見てみろよ、周り《現実》を」
 ――だが、白い英雄は無慈悲に告げた。
 倒れ伏し、呆然と俺を見つめるセイバー。そして、視界の奥にはへたり込む遠坂が見える。

「ひでぇツラしてやがる。見てみろアルトリアを。そっちの魔術師の嬢ちゃんを。てめぇの蛮勇がそいつらに与えたものは、喜びじゃなく心配だろうが。望まれてもいない『救い』を、お前の勝手で押し付けるのかよ」

「――」
 切っ先がさらに喉へ押し付けられた。浅く刺さり、血が流れる。

「ハ、期待したオレがバカだったか。てめぇのそれは理想でも信念でもねえ。ただの妄執だ。しかも身勝手極まりねぇ、な。
 守ってみせる? お題目は綺麗だが、実際やってることは自己満足だ。
 別にそれが青臭ぇ理想に過ぎねぇとは言わぇねよ。周りから見ればクソ下らねぇ理想でも、それを掲げたそいつの周りには他のところより幸せになれるやつが多くなるってんならな、いい話じゃねぇか。――だがよ」

ジークフリートの視線が俺を射抜く。
「てめぇの周りの人間は、幸せそうな顔してるか?」

――身動きができなかった。
 誰もが幸せに笑えるとしたら、それはどんなに素晴らしく、美しいことだろう。
 英雄エミヤとの戦いを経て、衛宮士郎の理想が借り物の偽物でも、それだけは本物と信じ続けた。

そうだ。それは間違いなんかじゃない。
 誰かのためになりたい、正義の味方でありたいと。
 その先にあるはずの、辿り着け得ぬ理想郷を信じて。

――でも
 じゃあ、どうして俺は、セイバーにも遠坂にも、こんなに悲しそうな顔をさせているんだろう――?

「むかーしの話だ。自分の守ろうとしたもののために、一人の女を泣かせることにした野郎がいた。全てを丸く治めるため、あらぬ疑いをかけられた一人をぶっ殺してな。
 だが、そいつは仕損じた。それでそいつは逆に殺されるはずだった。だがな」
「……シグ」

「そいつは生き残った。勝てるはずのない相手に勝ったんだ。てめぇと同じような、しかしまったく違うモノをそいつは持っていた。
 ……簡単なことだ。何のことはねぇ、そいつは結局のところ、自分のためにこそ、守りたいものを守ろうとした。だから負けなかった。だから強かった」

「――」
 言葉が、出ない。
「だがてめぇは違う。全く逆だ。自らを省みず、守りたいもののためだけに戦ってる? ――いいや、違うね」

目の前の世界に、ヒビが入った。
「てめぇが助けたいのは他のだれでもねえ。守ろうとしたものをこそ犠牲にして、ただ自分一人を助けているんだよ
「――な、んだと……」

「顔色が変わったな。自覚はねぇがどこかで気づいてるわけか。――てめぇは守りたいものを守りたいから命をかけてるわけじゃねぇ。自分一人を助けたいがために命をかけてるだけだ。ごくごくフツーの、くだらねぇ人間の姿そのものだ。
 ついでに予言しといてやる。――てめぇはそのままじゃ、死の瞬間にてめぇ自身に裏切られるだろうよ

――吐き気が、ひどい。
 さっきまで収まっていたあのおかしな眩暈が、また始まっていた。
 胃がひっくり返りそうな感覚。だんだん身体が冷えていく錯覚。
 ぐわんぐわんと、ジークフリートの言葉が剣の丘に響き渡る。

――てめぇはそのままじゃ、死の瞬間にてめぇ自身に裏切られる――

その言葉が正しいことを、俺は既に知っているのだから――
「てめぇは殺さねぇ。のたうちまわりながら、見つけるもんを見つけるこった」

ザッ
 剣を引き、セイバーの方に向き直るジークフリート。
 セイバーは、不思議な面持ちで俺とジークフリートを見ていた。

――もう、自分は助からないとでも、思っていたのかもしれない。
 事実、セイバーはもう限界で―――俺は無力だった。

――だけど
 どれほど俺が間違っていようとも、今俺が動かなくてはセイバーは確実に消されてしまう……!

終わらせない。
 せっかく新しい服を買ったんだ。
 やっと平和に慣れ始めたんだ。
 最初から手に入るはずだったモノを、遠回りしてやっと取り戻したんだ。
 それを、たった半年のユメで終わらせてなるもんか――!!

「全くだ、ジークフリート。俺も同感だよ」
 その、時。
 聞き覚えがあり、聞き覚えのない声が言った。

「――なに?」
 ジークフリートがこちらを振り向く。

「この少年は気づいておらぬ。なぜ、正義の味方でありたいと願ったのか、その理由を履き違えている。だがな、それは俺よりもずっと純粋な想いから生まれたものなのかもしれぬ――」

――なんだろう、この声は。まるで――
「……シロ、ウ?」

――俺が、しゃべっているような――

「……小僧……じゃねぇな」
「シ、シロウ……その額は――まさか……令、呪……?」
 ……額? 令呪? セイバーは何を言ってるんだ? そんなこと、あるわけ

「フム、俺を忘れたと言うか、ジークフリート? たった今、なにやら懐かしい話をしてくれていたようだが?」

「!!!! て……てめぇええェェ……ッ!!」
「―――ウ……ウソ……!! まさか、おじさま……!?」

殺気立つジークフリート。怯えたようにジークフリートの背に回るファフニール。
 瞬間。
 堰を切ったように、突然膨大な魔力が俺の全身を満たした。

「うあっ!?」
 叫んだのは俺じゃない――遠坂!?
 そして気づく。
 声が出ない。それどころか、身体がまったく動かない。口を動かすことも、指一本さえ動かない。

同時に、襟首をつかまれて思いっきり後ろに引っ張られた。
 だけど身体はそのまま。意識だけが無理矢理暗い場所へ押し込められ、視界が急速に狭まった。
(遠坂―――!!)

最後に俺へ滑り込んできたものは、倒れ伏す遠坂の姿と、右手に『出現』した赤黒い刀身と――

「てめぇかァァッ!! ハーゲンッ!!!!!」

ジークフリートの、歓喜と怒りが入り混じった叫び声――

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