Fate/dragon’s dream

歪な日常・III

「やっぱり橋は渡れそうにないな。だけど、新都への水上バスが出てるみたいだから向こうにいけないこともない」
 野次馬でごった返す冬木大橋へ出向き、調査を終えた俺達は、家で休んでいるセイバーにそう報告した。

「ただ、かなり検問が厳しいみたいだ。まあ、このテロだのなんだのうるさい時勢でこの事件だもんな、仕方ないかもしれないけど……」
(どうする士郎殿。こちらから教会へ探りを入れようと思えばできるが)
「うーん……」

「私のことなら心配せずに、シロウ。グラムに受けた傷は大分良くなりました。傷自体は回復までにまだ少々かかるようですが、少なくともあの不気味な痛みは引いたようです。
 ……あの剣、得体が知れない。なにか、身体を蝕んでいた毒がすうっと遠ざかったような気分です」

「戦闘行為はできるかね?」
 ハーゲンが俺に代わって訊ねた。
「……本調子ではありませんが、この程度ならそうそう支障にはならないでしょう。魔力は不足していませんので、あとは純粋に肉体にかかる負担が普段より少々大きいというだけです」

「フム、だがお主は正面からぶつからない方がいい。――こう言うのはなんだが、お主ではヤツには――」
「……分かっています。口惜しいですが、事ここに至っては認めざるを得ません。私は、彼にとっては『狩り』の対象でしかない――」

「だが同時に、ヤツを倒し切ることができるのもおそらくお主だけだろう。小細工がことごとく破られた以上、あとはお主ので有無を言わさず切り伏せるしかあるまい」

「――竜の法鎧を消し去る条件さえ分かれば――」
「――それは期待薄だ。俺ですらよく分かっていないのだから。
 ともかく、今後をどうするかだが――遠坂殿との付き合いはお主らの方が長かろう。どうかね」

「昨日一日、凛からなにも連絡がない。それはつまり、連絡できない状況なのか、それともその必要がないと判断した結果なのか、あるいはその両方なのか――そこを見極めることが必要でしょう。シロウ、貴方はどう思いますか?」

「俺は、アイツがこの程度でどうにかなるヤツじゃないと思う。手段がないならないで、その手段を意地でもあいつは作り出す。向こうの様子が分からない以上、こっちから適当に動いて遠坂の邪魔をすることになったら目も当てられない。第一セイバーはまだ本調子じゃないんだろ? なら――」

「――不本意ながら様子見――ですね。……残念ですが、私も同意見です。今は、凛を信じて待つしかない――」
「フム、決まりだな。今日は静養するがいい、アルトリア殿。士郎殿を焚付けて馳走を用意させるゆえ、楽しみにしておれ」

「ほ、本当ですかハーゲン殿! ああ、貴殿にはなんと礼を言って良いやら分かりません――! 時が時なれば、是非とも我が円卓を共に――」
 ……ほんとに本調子じゃ、ないんですよねアルトリアさん。

「多少身体を動かしたければ、昨日の話ではないが道場で模擬戦でもしてみるのも手であろう。噂に名高い騎士王の腕前、俺も戦士として実に興味がある」
 ――ちょ
(ちょっと待てぇぇぇぇっ!?)

「是非ともお願いしたいところですが――構わないのでしょうか?」
「うむ、まああくまで模擬戦なのでな。お主の体調の手前もある上、俺自身も痛覚がないという状態なのでどこまで本来の力を発揮できるか分からぬが、それでも構わぬなら」

「お心遣いありがとうございます。――しかし、それはご無用。私とて必要以上の無理をする気はありません。是非とも手加減抜きで
「ふふ、そういうことならそうさせてもらう。ふむ、昼食後が楽しみだな」
(あのー、もしもし? ハーゲンさん?)

「はい。……それではシロウ、昼食には是非精のつくものをお願いします。たとえ模擬戦と言えど、騎士の名誉を汚すような戦いはできませんから」
(俺、まだ昨日の筋肉痛が治りきってないんですけど……それとやっぱり、セイバーは竹刀で殴ってくるわけだよね?)

「そういうわけだ、士郎殿。ここが腕と度量の見せ所ということだな」
 俺は思った。
 神(と俺)は死んだ、と。


「……はぁ……」
 テーブルに頬杖を付いて、私はため息をつく。

必要なものは手に入れたし、後は機を窺って地下聖堂へ突入。不意をついてマスターを取り押さえ、士郎とセイバーに報告し、ジークフリートたちを挟撃――っていうのが理想の展開なのだが、
(いくらなんでもねぇ……)

まず、ジークフリートたちの目を欺いて地下聖堂に入る機会があるのかが一つ目。
 未だ正体不明のジークフリートのマスターが、私に倒せるレベルの魔術師なのかが二つ目。あんな強力な結界を張れるからには相当な実力者と見ていいだろう。

三つ目は士郎たちに連絡を取るタイミング。
(こりゃよくよく気をつけておかないとダメだわ……)

とにかく現状としては、地下聖堂へ忍びこむことが最優先。彼らが何を目的として動いているのか、マスターはどこの誰なのかをはっきりさせないうちは迂闊に動くことができないような状況だ。

なにせ、向こうは冬木の霊脈にちょっかいをかけているのだ。ヘタをすればこの土地全てが人質となりかねない。既に、彼らは今すぐにでも、聖杯戦争時のキャスター一味のような強敵になりかねない状況になっている。

そしておそらく、このマスターもキャスターのように霊脈を辿って大聖杯へ辿り着いたのだろう。それゆえ、アンリマユの本体などという危険と正面からぶち当たることなく、大聖杯を操作することができる。

……と、簡単に言うほどこれはやすやすできるようなことではない。並の魔術師なら冬木の霊脈を辿るなんてことがそも困難であるし、それを辿って大聖杯を解析するなんてことは並大抵のレベルでできるようなことであるわけがない。

低く見積もっても、魔力の流動を制御する能力にかけては私より実力が上――同じ土俵で格上の魔術師に勝つことがいかに困難かはよく知っている。というより、実質上そのようなことはまず不可能。ただの力のぶつかり合いならば100%負ける。それをひっくり返すための他の要因として、私なら魔弾の宝石やらセイバーのような強力な使い魔があるわけだが――

(どっちもここにはない、と――)
 いざとなったら令呪でセイバーは呼べるだろうが……その後がどうなるかは分からない。

さて、どうしたものだか。日中はまず無理だろうから、決行するとしたら夜――深夜だろうか。できれば昨夜の内に済ませてしまいたかったのだけれど――
 ちらりと、計画遅延の原因を盗み見る。

「ねーぇ、シグ」
「あーん?」
「これこれ、このマツザカウシっていうの食べてみたい」

「お前な、そりゃギュウって読むんだよ。それはともかく今日はお楽しみのアレだろうが。んなもんにいちいち目移りしてんじゃねぇよ。っていうか、そんなパンフレットどこで手に入れたんだお前」
「昨日お肉屋さんでくれた」

(竜っていうのはみんなこんな食欲旺盛なのかしらねー)
 なんとなくため息をつきたくなる理由がこれ。
 なんなんだこのだらけた雰囲気は。
 ここは敵中で私は捕虜。のはず。

――もし、ここにあいつがいたら、
『バカな、何を考えているのだ君は。現状でできることなどいくらでもあろう。状況を打破するための行動が最優先だと私は思うが』
 なーんて、眉間にしわを寄せて小言を言ってくる様が目に浮かぶ。

……あーあ。心の贅肉、か。私、自分でも気付かないくらい上手いこと言ってたのねー……。

なんとなく、ではあるが。
 昨日、彼らと話をしたことで、私は、この二人とは戦いたくないと思い始めたのかもしれない。

竜はいつか必ずヨドミをまとい、悪竜となる。それは避けられない運命だと彼は言った。その言葉を聴いてからこっち、一つ気になっていることがある。

目に映る全ての者を助けたい。そんな適わぬ夢を、理想を求めた騎士がいた。幾多の戦いの末、彼は自らの死後を世界に売り渡し、助かるはずのない数十人の命を助けるという奇跡を為し、英雄――守護者になった。

しかし、守護者とは所詮掃除屋――理想を護るために理想に反し続け、裏切られ続け、磨耗し、自らの抱いた夢――正義の味方にならんとする過去の自分自身を抹殺しようとしてまで、自身の消滅を願うようになった。
 ここまでが、私の――私達の知る、単なる事実。

そして、ここから先が、昨日ジークフリートの言葉を聞いて推測したことであるが――
 竜とは、セイバーによれば『ヒトの見る最後の夢物語――辿り着けぬ永遠を夢見る願いのカタチ、人間の幻想の結晶』である。ジークフリートとファフニールは、それがヨドミという『悪竜』、『誘惑者』となって人間に害を為す前に殺す役目を持った英雄だという。

つまり、竜とはヒトによって生み出され、永遠を夢見、最後にはヨドミとなって人間へ還る存在なのだ。
 永遠――辿り着けぬ場所。それはつまり、英雄エミヤにとっての、『正義の味方』であったはず。

彼は、心の中に竜を飼っていたのではないだろうか――

その竜はしかし、彼が英雄に辿り着いた時――『正義の味方』になった時、悪竜へと反転した。理想だったものは、手に入れた瞬間に悪夢へと変わったのだ。『永遠』が『辿り着けぬ場所』 という定義であるならば――手に入れた瞬間に、いかなるものでもそれは『永遠』ではなくなる。もしかしたら、それこそがジークフリートの言う『ヨドミに冒される竜』の姿なのかもれない。

――分からない。この推測における竜とは『現象』だ。形を持った『存在』じゃない。私は、きっとまだ竜についてほとんど何も知っていない。
 だから、思う。私達は、この敵と戦うべきではないのではないかと。

ジークフリートなら、もしかしたら英雄エミヤを――アーチャーを救い、士郎の歪みを摘出する術を持っているかもしれないのだ。
 だけど、その授業料がセイバーの存在であるならば――教えを請うわけにはいかない。

(――とにかく、なんとかして終わらせないと。必ず、皆無事で――)
 きっと、大丈夫。あの聖杯戦争の時も――英雄王との戦いさえ凌いだ私たちなのだから――
 そんなふうにあれこれ考え続け、半日ほどが過ぎてしまった頃――

「ねぇねぇ、凛さん」
「え……え? どうしたのファフ」
 ふと気付くと、目の前にファフニールが来ていた。さっき席を立ったジークフリートはまだ戻っていない。

「うん、今日はねー、ご馳走にする予定なんだけど、凛さんも一緒にどう? 昨日作ってくれたお料理のお礼も兼ねて」
「へ……? って、ちょっとちょっと」
「ほらほら、こっちー」
 ファフニールに連れられるまま、外に出た私を待っていた光景は――

「よう、来たか」
「ちょ、ちょっと、何これ!?
 教会の敷地の上にレンガで組んだ即席のカマド。その上には金属の網がかかり、隣には教会から持ち出したと思われる木の机と椅子。そして――カタマリのままの肉・野菜がどっさり。
 これって――

「……教会の敷地でバーベキューでもするつもりなの? あんたたち」
「おう。やっぱオレたちの馳走っつったらこんなもんだからな。どうよ、自分で作っておいてなんだが、ちょっとしたもんだろうが」
 快活に笑みをこぼしつつ、ジークフリートが得意げに胸を張る。

「……へぇ」
 レンガのカマドの中には木材で組んだ小さなやぐらが組んであり、炭までしっかり置いてある。
「――本格的じゃない。これ、あんたが一人で作ったの?」

「まぁな、これでも大工仕事は得意だからな。さあってとーお次はっと――」
 鼻歌混じりに言うなり、彼はカタマリのままの肉を掴むと、――いきなりそれを空中に投げた!

「ちょ……!?」
「ふんっ!」

 ジークフリートの右腕が霞む。と見るや否や、空中の肉が突然四散した!

「ほいっ!」
 両手にお皿を持ったファフニールが落下地点に駆け寄り、落ちてきた肉を次々とキャッチ――
 ――ベチャ――

――深海にすら勝る沈黙が、夜の帳の下りてきた教会の敷地を包みこむ――
 永劫とも思えるその凍結を破ったのは、

「にゃあああああああああああぁぁぁぁっ!?」
「アホかああああああああぁぁぁっ!!!」

「だっ……大丈夫っ!! どうせ焼くから問題無しですうぅぅっ!!」
「食い物を粗末にするヤツは許さねぇぇえぇぇっ!! お仕置き覚悟しろコラァァァッ!!」

「ぃ~~~~ゃ~~~~~ぁ~~~~っ~~~~……ぁ――――――――っ、ぁ―――――――っ」

「はいはい、そこまでそこまで。洗えば問題ないからっ! あんたもあんたよジークフリート。こうなることぐらい予想できたでしょ? 宝具使ってアクロバティックにお肉切るなんてそっちのほうがよっぽど非常識。ほらほら」
 パンパン、と手を叩くと、馬乗りになっていたジークフリートが腰を上げた。

「ち。ったく、お前ホントに誰かに似てきたな。ホラ、さっさと支度の続きすんぞ」
 芝生の上でワンピースのスカートを全開にしてぴくぴく痙攣しているファフニールの縞々パンツに包まれたお尻を、べし、と蹴る。一瞬ビクンと震えたファフニールだったが、また動かなくなってしまった。

「……はぁ。たった一日で私も随分慣れたもんよね、あんたたちに」
「素質でもあったんじゃねぇのか」
 軽口を言いながら、ジークフリートは一人で、宙に肉を放り上げてはバラバラにしてお皿でキャッチという大道芸を続けている。

「ジョーダン言わないでっ! これ以上おかしなペースの日常が増えたら頭がどうかしちゃうわよっ!」


「ヘックシ!!」
「――!」

「……ム、すまなんだ、続けようぞ」
「少し冷えてきたようですね、戸を閉めましょう」

「いや、士郎殿の身体が勝手に反応しただけだ。問題はない」
「……? シロウは意識があるのですか?」
「いや、ない。数時間前に脳震盪を起こしたようだったが」
「そうですか。――では続けて参ります!」
「応!」


 ――なんか今、ちょっとかわいそうなことになっている士郎の幻覚が見えたような気がした。
「てゆーか、あんた随分あけっぴろげに剣使ってるわね……。一応あんたの宝具なんでしょそれ」
 青白い炎に包まれたを振るう度、が手ごろな大きさに分割され、皿の上に用意されていく。

「ああ、そりゃーな。苦楽を共にした愛剣だぜ。敵倒すのはもちろんのこと、狩ったメシを捌くのにも使えるし、火だねにも明かりにもできるから便利この上ねぇな」
「――バチ当たるわよ……。一応神様から貰ったものなんでしょ?」

「はそうだが、はあくまで人の手で鍛え直したもんだ。どう使おうがの勝手だ。さあて――オイ、いつまで寝てやがる」
 べし。
「……ふえぇぇぇぇ……」

「ホラさっさと替えて来い。焼き始めるぞ」
「ぐすっ……うん……」
 教会の中へ消えていくファフニールを尻目に、ジークフリートはカマドに火を入れた。
「さて、これで準備完了、と。――それで? その顔は何か聞きたい事があるって感じだが」

「――ほんと、抜けてるようでいて見るところはしっかり見てるのね。流石は北欧最大の英雄、か」
「昨日の今日でもあるしな。――知り合いに守護者でもいんのか」

「まーね。前回の聖杯戦争で、私が呼び出したサーヴァントが守護者だった。
 ――単刀直入に訊くわ。守護者を解任することは可能なの?」
 一縷の望みを賭けた、願いにも等しい愚問。
 答えは最初から分かり切っていたこと――

「当然不可能だ。終わってしまったものを覆すことはできん。
 守護者という運命そのものが、ヒトに撥ね返ってきたヨドミの形の一つなんだよ」
「――守護者たちが相手をする、人間自身から出た人間を滅ぼす力。つまりそれが――」

「そう。人間が産む人間を滅ぼす力――それが悪竜であり、ヨドミだ。人自身によって人が滅びる時、それをもたらすのは常に竜だ。そして、それを始末するのが竜に関わった英雄――オレを初めとする、一人以外いるのかどうかも分からない、そして、ヨドミをされた守護者ども。戦乙女に選抜された、特殊なだ」

「――あなたも、守護者なのね――」

「区分としてはな。それぞれの思惑はあるにしろ、オレたちは外部の力の相手はしねぇようにできてる。常に人自身から生じる、人を滅ぼし得る力を相手にする。そして、そういう力というのが即ち竜だ。守護者という連中は、故に竜と関わりのある者だけが成る資格を持つ。
 だが、その中で竜自体を実際に処理できるのはだけだ。大抵の守護者ってのは、コトが起こった後、ヨドミを祓うために回りの保因者――人間どもを駆除する通称『掃除屋』だ。つーのはな、掃除屋どもは大抵が、生前同じように竜のヨドミにやられた連中なんだよ。資質を持たずに竜に関わっちまった連中の、それは再利用なんだな」

「――再利用……」
「竜の毒にやられた連中が守護者――掃除屋となり、同じように竜の毒にやられた連中を殺す。所詮、生前の繰り返し――廃品の再利用だ」
 
 ジュウウウウゥゥ……
「ドラグーン(竜殺し)は数が少ないから、よっぽどデカいヤマ以外は全部掃除屋まかせだ。多分、守護者全体で見ても、オレより神性が高いがいねぇんだろうな。
 ――ほら、焼けてんぞ」
「わーいっ」

「お前いつの間に……ま、そういうこった。逆に言えば、掃除屋って運命こそが、人間に撥ね返ってきたヨドミの一つと考えていいだろう。
 道化だよ、つまりは。殺す事も生かす事もできず、竜を見捨てた者ども。ま、連中はそもそもヨドミという概念すら持ってねぇことが多いから、掃除屋なんぞになっちまうわけだがな。
 ――もっとも、竜を見捨てた罪を、やつらは意志なき世界の奴隷として働く事で償う。だから、守護者として機能してる間は、オレにとっても戦友だ。そうでなけりゃ――まっ先に消してぇ連中だ」

「キビシイねぇ、シグは。そもそも竜とまともに関われる資質なんてほとんどないじゃん。そういう資質を持たないで、単に巻きこまれただけっていう人がほとんどじゃない。
 竜は殺せないもの。竜は話せないもの。そこを殺しちゃうし、話しちゃうのが、とでしょ。まず大抵の人は、竜に憧れ、追い求め、いつしかヨドミとなったその竜に取り込まれて堕落するだけよ」

「そんなのから竜を『護る』のもオレ達なんだよ。夢を醒ます者、終わらせる者としてな。
 オレは掃除屋どもが嫌いだ。あいつらは訳知り顔で竜を生み、振り回し、勝手な理想を押し付け、挙句澱ませて文句ばっかり言ってやがる。そんな連中が永遠に人間の後始末しかできなくなるようになるのは、自業自得だとオレは思うがね」

「――ざけないで」
 目の前が、赤くなった。
「あん?」

ふざけないでっ! そんなの強者の理論じゃない! あんたみたいな特殊な資質を持ってればいいわ、でもファフが言うように普通の人間はそんなもの持ってない! 凡人のくせに辿り着けない理想を求め、その果てに守護者となって理想に裏切られ続け、磨耗して過去の自分を殺そうとした英雄を私は知ってる。そんなヤツが――廃品の再利用だって言うの!?

ただただあいつが――自らの理想に裏切られ続け、磨耗しながらも、過去の自分との戦いの果てに答えを見つけ出したあいつとその理想とが、そんなふうに貶められるのが我慢できなかった。

「あんたの言うことは正しいんでしょうよ! でもあいつがどんな想いで理想を追い続けたのかなんてことまで、あんたに分かるの!? いったいどんな想いで、これからもがんばっていくからなんて言ったと思うのよ!!

一歩詰め寄る。だけど、ジークフリートは顔色一つ変えず――突然、何かを私の目の前に突き出した。
「わ……」
 不意のことで間抜けな声を漏らす私。見ると、それはよく焼けた肉をいくつか貫いた鉄串だった。

「まあ、美味いもん食ってまずは落ち着け」
「う……、むー……」
 ものの見事に気勢を削がれ、半ばヤケになってかぶりついてやった。
 あ、おいしー……

「強者の論理、か。確かにそうだ。だがそいつは仕方がねぇだろう? 英雄と竜、その間にあるものはだけだ。お情けで大目に見てやろうなんてこたーできるわきゃねぇんだよ。こっちだって遊びでやってんじゃねぇんだからな」

「……竜ってさ、あんたの言うことを聴いてると二種類あるような気がするのよ。
 最強の幻想種としての竜と、人間がある幻想を抱いたときの比喩としての竜。それって―――あ、そっか……」

「当然だろう? お前、幻想ってもんが単独で存在してるとでも思ってるのか?
 夢を見るには夢を見る主体がいるだろうが。竜と人間は不可分だ。というか、すべての幻想は人間とは不可分だろう?
 幻想種ってのは固体化された神秘ではあるが、固定化された神秘じゃねぇんだ。連中は常に人と共にある。理想や夢を見る人間によって、幻想種は常に創られ続けてるんだよ。
 もっとも、この時代ではもう姿が見えなくなっちまってるようだがな。それは幻想に対する人間の見方が変わったためだ。『世界の裏側』に幻想種がシフトしたってのは、とどのつまり人間の意識が変わったせいなんだな」

「ということは……竜が澱むっていうのは」

竜を汚すのは常に人間だ。そして、一端そうなっちまったらあとは殺すしかねぇ。滅ぼされることこそが、連中にとって唯一の救われる道なんだ。形を与えられた夢から、形を剥ぎ取る。個としての存在と引き換えに、より大きな『夢』へと統合される。
 なにもそれは暴力による生命の停止って意味じゃねぇ。最終的な『別れ』によって全てを終わらせる道筋。それが、竜殺しの意味だ」

「……もう一つの道は?」
「……」
「竜の形あるまま、澱みを払う方法は――」
「そんなことができるならば苦労はねぇよ。ただ――」
「『ドラグナー(竜の対話者)』――」

「……連中の理論はオレには分からねぇ。そもそも、オレだってドラグナー(竜の対話者)は一人しか知らんしな。
 ――昨日からやたらと竜について関心があるようなそぶりを見せてたが、そういうことか。アルトリアのことだけじゃなさそうだな……ふん、読めたぜ、あの小僧か」
「う……」

「案の定か。――要するに、お前さんたちは最初から答えだけを知ってて、解法を知らないんだな。
 掃除屋ってのは原理上、過去の自分の理想を殺し続けるような運命を辿るようにできている。そしてどんどん磨耗し、最後には意識は擦り切れて消える。それでもなお、力だけは残るんだ。
 ――まさに無限回廊の地獄だな。おそらく、ブリュンヒルドのようになっていくんだろうそいつらは。
 ――はん、そういう事情なら、ますますアルトリアは殺さないとならなくなったな」

「……どうして……? どうして士郎が守護者になることと、セイバーの存在が関係あるって思うの? セイバーは大昔のブリテンの人たちが夢見た竜よ。士郎とは関係ない。
 確かにセイバーは最初、士郎によって召喚されたわ。魔術回路のイロハもロクに知らない、半人前以前の魔術師のくせに、最強のサーヴァントを引き当てた。でも、それが――」

「関係大有りだ、バカ。英霊を召喚するには触媒が必要――そんなことも忘れたのか」
「――――」
 そう。
 それはずっと気になっていたこと。

アーチャーは言った。偶然で召喚される英霊などいない。召喚されるのは、生前縁の深かったものを術者が持っているか、あるいはその逆でしかないと。

ということは、つまり士郎がセイバーと――アルトリアと縁のある何かを持っていたということになるのだ。
 でも、結局それは、今に至るまで見つかっていない。セイバーは何か感づいている節があるのだが、それを教えようとはしなかった。

「もっとも、そういう事情ならば、もしかしたら触媒はいらないかもしれんがな」
「――え? それってどういう――」
 いきなり言い出すジークフリートに、私は目を丸くする。

「……竜の召喚だ。英霊としてではなく、竜としてアルトリアを召喚したのかもしれんということだ。
 そんな資質はオレの知る限りドラグナーしか持ってねぇし、そもそも魔力量の関係で半人前程度の魔術師じゃまず無理だが――分かるな?」

――瞬間。
 脳裏に去来する剣の丘。
 いつか夢に見たその場所で、二人の英雄の姿がぴったりと重なった。
「――竜は夢を見るもの。その竜と夢を共有するならば――」

「そうだ。竜の召喚には『竜の見る夢』が触媒となる。掲げた永遠、それこそが竜を呼ぶ。触媒さえあれば、他の術式はこの地の聖杯が執り行うわけだからな、辻褄は合う。
 お前さん、うすうす気づいていたんだろう? アルトリアという夢を見ているのは、あの小僧だと。だから、心のどこかで――アルトリアが消えることを望んでいたんじゃねぇのか」

「―――え―――?」
 アルトリアが、消えることを、望んでいた――?
 私、が?
 ――そんな、バカな、こと

「竜は澱みを以って人間を穢す。だが、竜の試練を超えられたとき、竜は人に財宝を与える。
 竜とは夢を見るもの。そして財宝を護るもの。
 英雄が竜と関わる時、その結末は二つに一つ。
 毒をされ腐り果てるか、宝石を得て輝きを掴むか。
 小僧が歪んだ理想を捨て、竜を殺すことができるなら、そのとき財宝はその手に輝く。
 やつの行き着く果てを想うなら、そうは願わなかったのか――宝石魔術師

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