Fate/dragon’s dream

レヴァンテイン(仮)

――ありがとう――
 意識だけが、どこか深い海を落ちてゆく。
――我が滅びの炎ももはや消えました。本当に、貴方には迷惑ばかりかけてしまった――
 そのさなか――誰かの、声が聞こえたような気がした。

――祝福しよう――貴方を。たとえ――
 金色の声。
――世界が貴方を許さずとも――
 変だな――あの声の主を……俺はよく知っている――そんな、気がする――のに――

(――あ)
 なんだろう――不思議な夢を、見ていたような――
 眼を凝らす。眼前に立ちふさがるものは――ごつごつした樹の幹だった。しかし、最初はとてもそうと見えなかった。なぜなら――

(――なんて、大きさ)
 幹に沿って樹上を見上げる。それは正に、天突く巨木という言葉がぴったりだった。
 樹高は目算でも百数十メートル以上。幹の太さなどいったいどれくらいあるか見当がつかない。おそらく離れて見れば、その木一本でちょっとした森のように見えるだろう。

……不意に、視界がぐるりとあたりを見渡すように回転した。
(――え――?)
 そこは、小高い丘のような場所だった。樹はその丘の上に立っているようだ。そして、振り返った背後に広がるのは、

(――これ、は――この風景は――以前に、見たことが)
 ――彼方に見える炎、舞い散る火の粉。そして――鬨の声。
 戦場が、見える。きっと、あそこでは――我らを逃がすため囮となった勇士たちが、その最期の命を燃やして今も敵を食い止めている。

――ありがとう。皆のおかげだ――
 伝える術はない。もはや敵味方ともに戦う理由は無くなった。だが、一時の虜囚となり、生きて故郷の土を踏むことを勧めることさえ――もう間に合わない。
 その先には滅亡しかないと知っても。たった一つの願いを自分に託して、彼らは残った。

――そして、今も散ってゆく。
 思わず駆け出しそうになる足を踏み留める。分かっているのだ。もはやどう足掻いても、間に合わないことは。

そして、自分にはまだやらなければならないことがある。今戻ることは、彼らの覚悟を冒涜するだけ。彼らには、地獄で詫びることとしよう。何、それほど待たせはせんよ――

「ハーゲン」
 横合いから、友の声が響いた。
「これで――よかったのだな――」
「ああ――」

万感の想いを込めて、振り返る。ニーベルンゲンの秘法、『ビフレスト(神への道)』のメインシステム(主起動魔法陣)――ユグドラジル(世界樹)と名づけられた巨木を。
 埋め込まれた魔術回路はその基点と共に既に消え去り、巨木は通常の生命活動を取り戻している。
 その幹を――見つめた。もう見ることのない、あの方の姿を追うように。

「……フォルカー」
 呼びかける。この丘の上には今、自分と彼の二人しかいない。フォルカーは背に楽器を背負い直し、こちらに不安を宿した眼を向けた。
「ユグドラシルは沈黙した。後はフレスヴェルグとニーズヘッグを破壊するだけ……頼むぞ」

フォルカーは眼を見開く。何か抗議の言葉が飛び出るその前に、俺は言った。
「あれらを破壊しなければ、王弟殿下やリューディガー殿、そして陛下の魂も安らえぬ。……我が弟もな。それができるのは――フォルカー、お前だけだ」
「バカな!! ハーゲン、お前――まさか!?」

「……俺にはまだやらなければならないことがある。無事に済むかどうか分からないことが。――陛下の遺言だ。なんとしても果たさなければ、ヴァルハラで陛下に顔向けできぬさ」
「ならば!! 私もお前と道を同じくするまで!!」
「だめだ、フォルカー。この場は俺に任せ、お前は未だ囚われている魂たちを解放せよ。――これは将としての命令だ」

「――く――!! やはりお前は――最初からそのつもりでいたのだな!?
 なぜだ!? なぜ、一人で抱え込もうとする――!? 私には――重荷を分かつことさえさせてもらえないのか!? お前はこの滅びを、全て自分一人の責任になるように仕向けた!! 悪役の真似はもう十分だ!! それに――もう分かっていることじゃないか!! この惨劇の裏に――!」

「フォルカー!!」
「――ッ!!」

「言ってはならん、その先は。……そうだな。お前の言いたいことは分かる。
 ――だが、事実ではないか? 俺は、俺の判断によって国を滅ぼした。それは覆らぬ――たとえ、お妃さま一人を救えたとしても、もはやあそこで死んで行く同胞たちを救うことも出来はしない。
 ――不甲斐ない将だと罵ってくれて構わぬ。だが――それは俺が陛下の遺言を守れなかったときのために取っておいてほしい」

「何故だ――何故お前が全てを被らなければならないのだ!! 誰がお前の名誉を雪ぐ!? この災いの中、一番苦しんだのはお前だろう!!
 それに……今のクリームヒルト様は――グラムを持っているのだぞ!!
 このまま残れば、親衛軍とクリームヒルト様をたった一人で相手にすることになる!! いくらお前でも自殺行為だ! 解放はお前と共に敵を退けてからでも遅くはないはず!!
 私は残る!! 前衛にお前、後衛に私があれば親衛軍の包囲網とて破れるはずだ!!

「無理だ。ここは敵地だぞ、忘れたかフォルカー? たとえ首尾良く目の前の敵を打ち果たせたとしても、すぐに新手が来る――消耗戦など出来ようはずもない。そんなことになれば、我ら二人とも共倒れになるしかなかろう。
 お前はお前にできることをしろ。俺にはあれらを破壊することはできぬ。この災いの犠牲となった全ての者たちを救ってやってくれ。
 ――それに、ふ、どうやら……俺は一人ではないようだぞ」

「――!」
 見れば、平原をこちらに向かって疾走してくる十数騎の騎士たちがいた。その鎧についた紋章は、間違いなく――

「ハーゲン様! フォルカー殿!」
「御無事でしたか、将軍!」

「お前たち――よく、生きていてくれた!
 十数騎の騎士たちは丘の上まで来るや、一斉に下馬し眼前に集う。

「将軍――申し訳もございませぬ……! 最後の近衛兵も――我らを残し、全滅致しました!
「クリームヒルト親衛軍数百騎、すぐにでもここへ到達しましょう――」

「なれど、我ら一同、彼方よりこの大木が光に包まれたのを見届けました――将軍……お妃さまは――」
「……」
「お前たちのおかげだ。――お妃さまは、見事、入滅なされたよ」

「……お」
「――おお――そ、それで、は――」
「お妃さまは――救われた――あの、宿業の方が――! そうなのですね、ハーゲン様!
「ああ――そうだ」

「……ああ! 我らの願いは――聞き届けられたのだ!」
「我らの戦いは無駄ではなかった――!
 おお、陛下達もきっとヴァルハラで祝杯をあげておられるだろう――」

「ハーゲン様!」
「フォルカー殿!」

 口々に歓声を上げる騎士達。だが、その背後、平原の彼方に断ち込める砂塵――そして近づいてくるひづめの足音を、俺もフォルカーも――そして、当の騎士達も確かに気づいていた。

全く――剛胆なことだ。
 己が部下たちの様子に誇りを覚える。死神の足音を背に、皆は勝利を讃え合う。――一人、フォルカーを残して。

「――だが皆、まだ終わりではない」
 ザッ、と、騎士達に瞬時に走る緊の一字。その視線を受け、俺はゆっくりと言葉をつむぎ出す。
「陛下からの頼まれ事がまだ残っている」
「将軍――それは――」

「――ここでクリームヒルト軍を迎え撃つ。決着を、つけねばならぬ」
 多くは語らない。そして――地を蹴る音と共に、剣を胸に掲げた騎士達を前に――心が定まった。

「……フォルカー。見ての通りだ。俺にはこれほどに心強い味方がついていてくれる。
 なに、俺はそう簡単にはくたばらん。それほど心配ならば、早々に解放を済ませて戻ってくればよいだけのこと。
 ――ここは俺に任せて欲しい。それが――あの方の信頼を裏切り、全ての災いの種をまいた、この俺に託された願いなのだから」

「――一つだけ……一つだけ約束しろ、ハーゲン。……私が戻ってくるまで、絶対に死ぬな!! 必ず、持ち堪えろ!!

「当然だ。俺が雑兵どもに遅れを取ると思うか? 俺を助けてくれると言うのであれば、早く行って戻ってくるがいい。さもなくば、もはや戦いなど終わって酒宴の一つにでも興じているかもしれんのでな」

「――フォルカー殿。将軍の言う通りです。ここは我らにお任せあれ。……陛下たちの御魂、お頼み致します――!
 もはや言葉は要らぬとばかりに、フォルカーはさっと己が馬に乗り――そして、最後に、祈るような、願うような目を向けた。

「行ってくる――! 必ず、必ず間に合ってみせるぞハーゲン!! ――お前にだけ、全てを背負わせたりはしない!! セイッ!!」

(許せ、フォルカー。――まったく、苦労ばかりかけてしまったな。……だが、お前には生き延びてもらわねばならんのだ。
 お前が戻ってくるまでには、全てを終わらせておく。ここでクリームヒルト様を倒したとしても、まだ敵軍は無数にいる。そんな中を生き延びられるとしたら、それは――)

胸中にて偽りへの謝罪を。それが、今俺があやつに対してできる、ただ一つのことなのだから。

「――礼を言う」
「――たいしたことではございません。……フォルカー殿は魔術師。我らという足かせがなければ、いかようにも逃げおおせられるでしょうから」
「だが、必ず奴は戻ってくるだろうな。――それまでに、なんとしても――この場は終わらせねば」

砂塵はもう既に、丘上から俯瞰する平原の中央付近まで迫ってきていた。その数三百騎前後といったところか。たった数十騎の相手に大仰なことだ。
 その軍の中心部やや前線より、馬二頭に引かせた天蓋つきの戦車が見える。屈強な戦士が護衛兼御者として立つそれは、ここからでも分かる、禍々しいオーラを放っていた。

「――ふ。戦場など女子供の出る場ではないと、言い聞かせていたはずなのだが」
「……ですなあ。確かに昔から苛烈なところはあったわけですが――
 女は変わるものと申しますが、姫さまの場合――変わったように見えて、その実、何も変わっておられなかったのでしょうなあ」

「シグルドのせいだな。――ク、やつめ、まっこと厄介なモノを遺しおって。ヴァルハラで会ったら改めて叩きのめしてやる。酒盛りでもしながらな」

「はっはっは――そうですなあ。また、皆で酒など酌み交わしたいものですなあ――」
 ははは――と、皆が笑い合う。そして、笑い声の消えた後。そこに広がるは不気味な静寂。先ほどまで地を揺らし、耳の奥底に響いていたひづめの音はすでになく。
 眼下に集結した騎馬たちは、距離を取るがごとく丘を遠巻きにしていた。

「ハーゲン様。――フォルカー様には、なんと?」
「なにも。――それは、やつが戻ってきてから後のことよ。……それを伝えない限り、俺は死ねん。その想いが、きっと俺を生かしてくれよう――!
 振り返り、叫ぶ。

「皆のもの、よく聞け! これを俺の、将としての最後の命とする! ――生き延びよ!! 一騎でも多く生き延びよ!! 俺が囮となり血路を開く!! 一塊になり、戦場を離脱せよ!!」

――その言葉、は。一人でも多くの敵兵を道連れにしようと決意していた騎士たちの間に、強烈な動揺を導いた。
 だが――今はもう、なりふり構っていられる状況ではないのだ。

「将軍!!?」
「ハーゲン様!! 承服できかねますぞ!!」
「おのれらは将の命に背くかッ!! 二度は言わぬぞ!! ――そして!」

手綱を引き、丘を見下ろした。鞘に収められた、その剣を鳴らし、
「戦闘が始まりしより後は決して――俺に近づいてはならぬ!! 誤って切り伏せてしまうかもしれぬのでな」

「――まさか、ハーゲン様!?」
「行くぞ!! ハイッ!!」

 言うなり――抗議の言葉を振り切るように、馬の腹を蹴り丘を駆け下りる!
 向かうは眼前――そこには、数騎の騎馬に守られ、先に見た戦車より降りた人物が立っていた。

片手で見覚えのある大剣を軽々と携え、戦場に全く似つかわしからぬ純白のドレスを纏い、
(――あ――)
 彼女――クリームヒルトは、凛とした眼差しで、こちらを射抜く。その視線を受け止め――距離を取って下馬し、ゆっくりと歩み寄っていく。

(このひと(女)は――)
 いつか見た夢の中で、炎を背に背負い、両手で必死に重い大剣を持ち、憎悪に歪んだ顔で俺を見ていた、あの。

(ああ――)
 ――同じだ。この人は――泣いてる。こんなにも凛々しく立っているのに。
 ああ――なんて、こと、だ。

――こんな顔で、痛みを溜め込んでしまう人のことを、俺はよく知っている。強がって強がって、どんな窮状に陥っても『己』であり続けた人を。いかなる時でも気丈であろうとし――だから周りの誰もが、彼女を強い人間だと思ってしまう。

――強さは、弱さの裏返しだったのに。気づいてやれなかったのか、と。あなたなら、そんなことを見抜けないはずなかったじゃないか、と。
 彼女が携える剣を見つめ、俺は初めて――彼女を裏切ったハーゲンに強い憤りを覚えた。
 何があったのかなんて知らない。それしか道がなかったなんて考えていられない。

そう。あの時、『彼女』を裏切った――未来の自分に対するのと同じように。
 ―――なんだ、あの剣は。
 それは、グラム。彼女がその生涯でただ一人愛した男から受け継がれた、理の剣。
 だけど――違う。あんなものは、グラムじゃない。――グラムであってたまるものか。

受ける印象が違い過ぎる。俺の知るグラムは、あんな金属的な殺気を与えるものじゃなかったはずだ。

機械――そう、目の前にある剣は機械だ。相手を殺すことだけを追求した兵器。切断の原理であるグラムの機能と、その特質だけをグロテスクなまでに誇張したモノ。触れるだけで斬られるような恐怖の体現者。

振るうたびに、己自身をも傷つける刃。栄光と破滅を持ち主へ与えるという言い伝えが真実ならば、あの剣は今、正に破滅をもたらさんとする魔剣の貌を見せている。

――そんな剣を、こんなになるまで、振るい続けて。相手と自分の血で手を汚し。だけど、もう止まらなくて。止まれなくて。
 ――彼女が、彼女の剣が、こんなになってしまったのを。一体、誰が責められるというのだろう――

(だから――俺が止めるのだ)
 応えのようなその想い。それはずっと、心の奥底にあった想い。幼き日、城を抜け出し草原を駆けて回って遊んだときの、あの笑顔。

それは宮廷で長じるにつれ影を潜め、石の仮面に隠されていき、そして――愛した人との幸せな日々の中で、やっと蘇っていったその笑顔を。
 もっと大切なものを守るため――犠牲とし、踏みにじったあの時から……ずっと。

「――ハーゲン」
「……我が姫君におきましては、ご機嫌うるわしゅう」
「見事、と褒めてつかわしましょうか。よくぞここまで――わたし(妾)の願いを阻止してくれた。お前はきっと、地獄から遣わされた悪魔の化身に違いない」

「身に余るお言葉、恐悦至極――なれど姫、たかだか死にぞこないの我ら十数名を討ち取るに、この人数はちと大仰かと存じますれば」

「――茶番はなしにしましょうハーゲン。もはや――わたし(妾)にはお前に対する憎悪しかない。その剣でわたし(妾)を斬るならば、切り口からは怨念が噴き出し、呪いがその身を汚すでしょう。
 ――全ては終わった。さぞいい気味でしょうね。わたし(妾)の想いは――破られた。でもね」

「……」
「――もとよりわたし(妾)は、あいつを蘇らせることができるとは思ってなかった。……事ここに至っては、負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど」
「――」

「――ただ一つ。あなたに――復讐したかった
「……」

「ハーゲン。わたし(妾)は――どうすれば良かったのでしょう? 何がおかしくなってしまったのでしょう?
 あなたは全てを与え、全てを奪い去った。わたし(妾)は――ただ、人並みの幸せというものが欲しかっただけだったのにね。王族として、それは望んではいけなかったものだったのかもしれない。でもね――わたし(妾)は――」

あいつを愛するようになって初めて知ったの。わたし(妾)は――女だったのだから。
 グラム(剣)から黒い瘴気が噴き出し、クリームヒルトの身体を包んでいく。数秒もしないうち、剣から出でた闇は彼女の全身を覆い――輪郭の定かではない、大剣を携えた女性のシルエットと化した。

その顔から。腕から。掲げた剣から。――全身から。冷たい闇が滴り落ちる。冷たい、脂のような闇が。
「俺は、貴女の問いに答えることができぬ。そも、もとよりそんな資格はない」
 ――剣を、抜く。

「だが……だからこそ――シグルドと、陛下と、約束した――!! 必ず、貴女を止めてみせると! 貴女への裏切りの罪を背負い、穢れと引き換えに貴女の魂を救うと!
 その妖剣を。生涯使うまいと思っていた禁忌の力を解放する。それを使えば――なりふり構わぬ虐殺の汚名と共に、戦士としての名誉も失われよう。

――だが、それがなんだというのだ。彼女を止めるそのために、今更悪鬼の穢れ一つ、増えたところでどうということもない……!!
「まずはその闇、祓わせて頂く!! ダインスレフ(血の復讐者)、その力、ただ一度だけ借り受けるぞ!!」

そして。背後の騎士たちの動きと。眼前に押し寄せてくる敵軍の兵士の挙げる鬨の声を耳に残しつつ――
 再び、俺の意識は闇に沈んでいった。


――ああ。足が、もつれる。熱気は肺腑を焼き、肌を焦がす。
 駆けていた。ただひたすらに。虹色に侵食された世界は既に消え、周囲は紅蓮に染まっていた。鬨の声は既になく、ぱちぱちと煉獄の舌が草を舐め取る音のみが響く。

――生きていてくれと。ただ、それだけを願った。
 約束――そう、約束だ。必ず戻ると。だから走った。

あの――黒いエインフェリアルに掛けられた魔封じの術は、未だ己が身体を蝕んでいる。術は使えず、今の自分はそこいらの歩兵となんら変わりがない。
 だが、それがなんだというのだ。力など、補えばいいだけのこと。術がなければ剣で。剣がなければ楽器で。些細なことだ。

失ってはならないものを、失わせないという願いの前には。
 ――だけど。分かっていたのだ。
 ――それが、さだめ(運命)。分かっていたのだ。私達は、神々の掌の上から、逃れ出ることはできないのだと。



「――あ」
 世界樹を仰ぐ丘の下。そこに立つ、彼の胸には――
「ハーゲン!!」
 崩れ落ちるその身体を必死で支え、その名を呼ぶ。

「ハーゲン!!」
 既にその目は何も映さず。その耳は何も聞き取ることなく。成し遂げた者の笑みを以って、彼は応えた。
「フォル、カー……物語を、伝えてくれ――俺達が辿った――永遠と流転の狭間を――」

「ハーゲン!! 喋るな!!」
「そして――せめて、お前、は――生き、ろ――もう、災いなどない――世界で――」
「ちくしょう――! 血が、傷口が――! あ、ああ――!」
「ああ――全ての、永遠なる、ものに――」

「どう――して――」
「祝福、を――」
「どうして――お前が――お前が!!
「フォルカー!」
「……」

「答えなさい!! 今の何!? あれって――!」
 聞くまでもない――今のは、ニーベルンゲンの災いの、記憶。
「あ、あ、あんた――こ、この、こぉの……ああもう!!

あまりの怒りに脳が沸騰して、罵倒の言葉がうまく出てこない。災いの中で生まれた全ての歪みを己一人で全て引き受け、しかもそれを祓い尽くし、『悪役』のまま滅ぶことを望んだ反英雄。
 それが――ハーゲンという英雄だったのだ。

もうその時点で到底許せるようなバカさ加減じゃない。自分一人を犠牲にして周囲の全てを絶望から救い上げるなんて、それは『悪役』であると同時に、
 ――『正義の味方』、そのものの姿――

――でも。それ以上に、折角ハーゲンが悪役として一人で全部持っていこうとした澱みを、自分から背負い込もうとしたバカにはもっと腹が立つ……!!

バカじゃないの!? ハーゲンがいったいどんな思いで、あんたを一人行かせたか分からないの!?
 いいえ違う! そんなことが分からないあんたじゃない! あんたはハーゲンの最期の言葉をわざと曲解したのよ!! ハーゲンが全部持っていってしまったものを、少しでも拾い上げて肩代わりするために! そんなことのために、彼は生きろなんて言わなかったでしょう――!?」

「……」
「何が『災い』よ!! そんなものハーゲンがとっくの昔に祓ってた!! なのにあんたは――その穢れを自分から背負って――そして――!!」

「物語として封じ込めた。後世に――その浄化の責務を負わせるために。多くの人々の間に我等が求めたものの真意が伝わっていけば――いつかハーゲンは反英雄などという呪いから解放されるかもしれない。『悪役』という責務から――
 私がそうしなければ――災いの穢れは、英雄への騙し打ちは、宝石への裏切りは、神殺しの罪は――全てハーゲン一人に背負い込まされてしまう。
 ……だから託した、未来へと!!
  我らと同じ滅びの因子を有する者は、いつの時代、どこの場所にも存在しうる。彼らの間に物語として存在し続けることで、過去と未来を混ぜ合う――そして彼らは知るだろう、私たちがどのような悲劇の元に運命を委ねたのかを――自分達が未来に同じ災禍を繰り返すだろうということを!
 それでもなお、ハーゲンを悪と罵ることができるか!?
 ――何故!? どうして彼が全てを背負わなければならない!? 何故、あいつは死ななければならなかったのだ!? 教えてくれ宝石よ、何が正しかった!? 何が狂ったのだ!? 貴女はその問いに答えられるか!?

 いいや、答えさせない。今の貴女にはまだその資格はない!!
 認めてたまるものか!! ハーゲンは――死なずともよかった……! 最後に生き残り、最後の幸福を掴むべきは彼だったのだ!!
 私にはもう、祈るべき神もその言葉もない! だから――せめてその呪いを少しでも拾い上げようとした。そうすることでしか己を許すことができなかった!
 あの時――」

「フォルカー……!」 
「間に合わなかった、自分を――!!」

 血を吐くようなすさまじい思念が本から断続的に流れ込んでくる。まるで――涙のように。

見るがいい!! 眼下に広がるこの光景を!! これこそが私の用意した物語の終焉の舞台! この戦いは私たちの最後の決着にして、貴女たちの災いの始まり!
 全ての人間が内包する滅びの因子の具現――其は過去の災いを継承し、未来を指し示す黙示録!! 
 見つめよ己が未来を! そして省みよ、過去幾度となく繰り返されてきた流転と永遠の物語を!!
 その中で散っていった英雄を、悪役を、宝石を、剣を、竜を、そしてdragon's dream(竜の見る夢)を!!
 世界の理が肯定された悪役を求めるならば、それを私は伝えてみせよう!!

 それが、この私の、神々への復習の形――
 それこそが――我が力、ニーベルンゲンの災いだ!!

「……あ――」
 それで――全てを、理解してしまった。怒りなんか跡形もなくふっとんだ。雷に打たれたかのように、我知らず、私は膝をつく。
 そう、か。役者は――私だけじゃなかったんだ――

この地には――『災い』の下地が在った。私たちもまた、『災い』の保因者だったんだ――
 私たちはずっと……物語を演じていた。二重に重なった、物語を。一人の英雄によって終わったかつての災いと、これから私たちが辿って行くことになる未来の災いを。私たちは、まだ、始まってさえもいなかった――

今、眼下では過去と未来が混在し、相対している。それは終わりにして始まりの光景。
 ――でも。過去に在って現在に無く――未来においてただ一つだけ、私たちが未だ見出していないモノがある。

それは、失われたパズルの最後の1ピース。ニーベルンゲンの災いにおいて、全ての中心であった『それ』。
 『彼女』は――竜ではなく、それ以上の存在だった。私たちが求めるべき、竜の見る夢(dragon's dream)。

士郎とハーゲンは、ジークフリートとファフニールは、そして――セイバーと私は、今、この時において――
 何を求めて、戦っているんだろう――?

(士郎殿! 士郎殿!!)
(――う、あ? あ、あれ? 俺――?)
(グラムを見たせいで記憶が励起し、錯綜したか――! 大丈夫か士郎どの!? 己が誰か、ここがどこだか分かるか!?)

(……あ、え、えー、と、俺は衛宮――士郎で、ここは……)
 ……――柳洞寺の地下――大聖杯!
 その認識と共に、一瞬で世界は色を取り戻す――!

「――フ。どうしたハーゲン。そのツラは」
「……フム。少々昔を思い出していてな」
 目の前には、変わらず佇む竜と英雄。よかった――戦闘はまだ始まっていない。

「……シロウ……?」
 流石にセイバーは目ざとい。何か俺にあったことを見抜いたようだ。ちらりと目配せして、大丈夫だと伝える。

「――そうか。お前、今そいつの中にいるんだったか。この状況でも実体化しないってこたぁ……そいつに取り込まれてやがんな」
「……察しがいいな。だが、このマナの海の中ならば、人間の身体と言えども多少の無理は効く」

「まぁ、俺としちゃどーでもいいんだがな、お前らの状況なんぞ。ただ――お前とこうして話が出来さえすれば」
「……!」
 ジークフリートがグラムを眼前に構えた。セイバーが構え、一歩前に出る。――が、

「戻れ、冷たき炎よ(******)」
 刀身から噴き出した青白い炎が、一瞬にしてグラムを覆いつくした。
 ――あれは……

「見ろよ、これを。こいつはグラムの鞘だ。もとからあったもんじゃなくてな、もらいもんを加工して使ってる。
 聞いたことくらいはあるか? ブリュンヒルドの奴が封印されていた山は、この冷たい炎によって覆い尽くされていた。
 ――眠りに就いたあいつの、固有結界によってな」

「……な」

「この炎――ヒンダルフィヨルの炎術はブリュンヒルドの心象風景の切れっ端。俺があいつから受け継いだもんだ。それを……ちっとばかし違う魔術体系に加工してな、こうして使わせてもらってる。
 なにせグラムは、収めた鞘を片っ端から真っ二つにしちまうんでな。『世界』そのものをぶっつけて相殺してるのさ。
 神であり、神でなくなったブリュンヒルド。永遠の若さなどという異端に他ならない特性を与えられ、人間の世に放り出された戦乙女。その胸中に巣食っていた冷たく燃え盛る炎は――そのまま放っておけば世界を焦がしつくしたかもしれん。いずれレヴァンテイン(世界を滅する紅蓮の業火)となって、な」

「――だから、あなたはその剣を『レヴァンテイン(世界を滅する紅蓮の業火)』と称しているのか」

「……――そうなのかもしれねぇ。俺があいつから指輪をとりかえさなければならないと思ったのが、実はこの炎のせいなのさ。
 あいつは――いつも胸の奥に爆弾を抱えてた。もし、何かの拍子に引火してしまえば、本当に世界を粉砕しかねない巨大な爆弾をな。あいつには――それを実現する力があった」

分かる――気がする。冷たく燃え盛る炎――相反する概念を封じ込めた心象風景。理性で作られた、昏く冷たい情念の炎。彼女はきっと、そんな世界を持っていた……んだと思う。

「んで……まぁ、そのことなんだが、な。――ハーゲン、ファフ(俺)から伝言は聞いたはずだな?」
「ああ」
「お前の口から聞きたいことは――三つだ」
「ほう、奇遇だな。俺がお前に言いたいことも三つある」

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