Fate/dragon’s dream

その名は

身長は2メートル近くもあるだろうか。威風堂々たる体躯は盛りあがった鋼の筋肉に覆われ、その上に白い鎧で武装した姿は、まるで神話の時代から抜け出してきたかのよう。その見事に均整の取れた芸術作品然とした身体と、いっそ不釣合いに思うほど、男は恐ろしく美しい顔立ちをしていた。

やや長い、くせのある金髪をなびかせ、手に持った巨大な炎の棒を立て、男は青い目を俺達に向けている。

「そん、な……」
 
肺腑の奥からやっと搾り出した声は、それでも擦れていた。
「バカな……この感覚……!」
「――ウソ、そんな、ことって……」

――あり得ない、しかし間違い無くこの男は――!

「サーヴァント……!?」
 
白い男は、ニッと笑う。
「ああ、そういうことだ」


サーヴァント。

神話や伝承において奇跡を成し遂げた英雄は、その見返りとして世界と契約し、死後を世界へ売り渡すという。そうした「英霊」は時間軸から外れた存在になり、神や精霊に近い存在に昇格する。それを現世に召喚し、使い魔として操るサーヴァントシステム。

最強のゴーストライナーたる彼らは、数十年に一度、この冬木の街に出現する聖杯に呼ばれ、聖杯戦争という魔術師同士の殺し合いの手駒として使役される。そして、セイバーもその名が示すように、半年前に起こった聖杯戦争で呼び出された『剣の英霊』である。

だが、彼らはそもそも聖杯というエネルギー源がないと存在し得ないもの。セイバーは俺と遠坂が魔力を供給することで現界していられるのだが、それは維持できているだけであって、もう一度サーヴァントを呼び出すなどということは、聖杯の助力のない今絶対に不可能なはずだ。

『サーヴァントは聖杯に呼ばれる』。サーヴァントの召喚というのは、それを大前提とする儀式であるのだから。

そして、半年前の聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントは、セイバー以外全て消え去っている。俺達はそれら全てのサーヴァントの消滅をこの目で見ているのだ。

――だから、俺達の知らない新しいサーヴァントなど、今ここには絶対に存在するはずがない
――
にもかかわらず、この白い鎧をまとった金髪の男は、どこからどう見てもサーヴァントだ。この濃密な気配と魔力、どうしたって普通の人間から感じるものではありえない――!

「そんな……どうして……!? 聖杯は確かにあのとき……」
凛、シロウ、さがって! この男……! 尋常な力ではありません!」

一瞬セイバーの身体が光に包まれたかと思うと、その姿は銀の鎧に包まれた青い騎士のそれになっていた。セイバーは俺達をかばうように立ちはだかる。

男は殺気こそ見せてはいないが、状況はセイバーが武装しなければならないほど緊迫している。ただ突っ立っているだけのように見える男には、確かに隙がまるでない。

彼は、その手に持った巨大な青白い炎の棒のようなものを肩に担いだ。魔力による炎だとは思うが、なんとなく熱くはないのだろうかと下らない心配をしてしまう。

「そう。その聖杯ってやつだ。俺はそれに用があるんだよ。なら、用向きも分かるだろ?」
――バカな! 聖杯はあの時完全に消し飛んだはず! もう聖杯戦争は終わったのです!」

「ほう、変なことを言うな。んじゃなんでオレはここにいるんだ? サーヴァントは聖杯に呼ばれるもんだろう。聖杯がなけりゃオレがここにいる説明がつかない。違うかな? ケダモノ臭いお嬢さんよ」

「な……ケ……ケダモノ……!?」
 
男は顔色を変えたセイバーを見て口元を歪めた。
「臭うんだよ、お前さんからオレの大っ嫌いなケダモノの臭いがな。プンプンしてるぜ」

「き……騎士に対してなんという侮辱……! ただちに取り消すがいい!! さもなくば……!!」
 
ワナワナと身体を震わせ、怒りをあらわにするセイバー。

ヤなこった。なんでオレがお前さんに命令されなきゃならん。オレは呼びたいように呼ぶさ」
 ふん、と、つまらなさそうにセイバーを見つめる。
「お……おのれ……!」

絶句する遠坂、激昂するセイバーを横目に、俺はあの男が持つ炎から目が離せなかった。炎に包まれているため形状がよく分からないが、前回の聖杯戦争にて、固有結界『無限の剣製《アンリミテッド・ブレイドワークス》』を知った俺は、あれが剣であることにもう気付いている。

だが……それ以上が、分からない。なにか強力なジャミングがかかっていて解析ができない。剣自体になにか妨害魔術をかけているのか、それともあの炎はセイバーの風王結界と同じく、『視せない』ようにするためのものか……!?

「聖杯ってのはサーヴァントを生贄にしないと出てこないんだろ。ってことは、少なくともお前さんはぶっ倒さないといけないな」
 途端、男の気配に力が篭もった。反射的に俺も遠坂も身構える……!

「貴方がどうやって現界したのかは知らないが……」
 セイバーも不可視の剣を構え、いつでも飛び出せるように姿勢を整えた。
「こちらも異存はない。先ほどの暴言、どうあっても取り消してもらおう」
「は、威勢がいいが、いつまで続くかな」
「……セイバー、魔力は十分よ。存分にやっちゃいなさい!」
「はい。元より手を抜く気などありません――!」

それが、合図。青い騎士は一陣の疾風となって男に迫る――!
ぎぃん!

飛び込んでくるセイバーに対し、男は踏み込みながら、その体躯からは想像すらできないほどの速度で肩に担いだ巨大な炎の剣を叩きつけた。とっさに不可視の剣で受け流したセイバーは、そのまま返す刃で切りかかる!

――が
「うっ!?」
 
威力を流し切れなかったのか、セイバーの体の軸がわずかにぶれ、太刀筋を曇らせる。それを男は軽く跳びすさって難なく避けた。

「チ、オイ、得物が見えねぇぞ」
 余裕の軽口を叩く男に構わずセイバーは再び飛び込む。それに対し、男はやはりその巨大さからは信じがたいスピードで炎の剣を振り回して応戦する――!

四太刀、五太刀。風と炎がぶつかり合い、文字通り火花を撒き散らす。そして、――異常はすぐに現れてきた――

「セイバー、押されてる……!?」
 
男の振りまわす炎の剣は、確かにその巨大さから考えても相当な速度だが、いかんせん大振りだ。小柄なセイバーの剣速と手数は明らかにそれを上回っている。

しかし、その差を埋めるだけの威力が込められているのか、一撃を受け流すごとにセイバーはよろめき、体制を崩してしまっている。

「そんな……! 今のセイバーがそうそう力負けするはずないのに……!」
 遠坂も驚きまじりに叫ぶ。同感だ。俺の時ならともかく、遠坂がマスターになって本来の力を出せるようになったセイバーは、その溢れんばかりの魔力を制限なく放出して全力で挑んでいるのだ。

あの削岩機のようなバーサーカーの乱撃とすら互角以上に打ち合ったセイバーを一撃ごとに押し返しているとは、相手の力はそれほどの威力を秘めているというのか――!?

「くっ……!」
 そして、時を置かず攻守が逆転した。最初は攻めるにまかせていたセイバーが、完全に守勢に回ってしまっている。

「セイバー!」
「チィ――!」
「ふっ!」
ぎぃん! ぎぃん!

炎舞に押され、後退しはじめたセイバーと、攻める手を休めないサーヴァントに
「食らえ――!」
 
突然横合いから遠坂が仕掛けた。凄まじい対魔力を持つセイバーには頓着せず、数発のガンドが二人を襲う。それを合図に、男はセイバーの斬撃を押し返し、大きく後ろへ跳んだ。ガンドは男のいた空間を貫通し、アスファルトを穿つ。

「ハァ、ハァ……貴様、いったい何を――!」

……信じ、られない。あのセイバーが、たったあれだけの攻防をしただけで肩で息を――!?

「言っただろ? 俺はそのニオイが嫌いでね」
「――! まさか――!!」
「化けてるってわけでもなさそうだが――」
「――くっ」

再びセイバーが仕掛ける。しかしそれを読んでいたのか、男は突然無造作に大きく斜め前方へ跳んだ! 不意を突かれて一瞬たたらを踏んだセイバーに、横合いから凶暴ななぎ払いの一撃が襲いかかる!

「ぐっ!」
 剣で受けた体勢のまま吹っ飛ぶセイバー。だがなんとか空中で体制を整え、コンクリートを滑りながら着地し、さらに大きく後方へ跳んだ。

「仕切り直しはさせねぇぜ!」
 男はそれを追って跳ぶ。

「士郎、追うわよ! セイバー、場所を変えようとしてる!」
「ああ!」
 俺と遠坂もすぐに駆け出した。二人を見失わないように走りながら、遠坂に言う。

「なぁ、セイバーなんか変じゃないか!?」
「変よ! 私からの魔力供給は問題無いし、セイバー自身の魔力だって十分のはずよ!? たとえ宝具を使ったって問題無いはず……!」
「だけど、すごく辛そうだったじゃないか!」
「知らないわよ! あのサーヴァント、バーサーカーほどバカ力ってわけでもなさそうなのに……! セイバーが完全に力負けしてるなんて――!

セイバーと男はなおも戦闘を続けながら移動する。あたりはすっかり夜の帳が落ちていた。もう少し早い時間だったら人通りがあったかもしれないが、幸い辺りに人の気配はない。

「多分、河原の公園よ! 急ぎましょう、なんか嫌な予感がする!」
「分かった!」
 息を切らせながら俺達が着いた時には、セイバーの疲労は目に見えるほどだった。

「――クッ……ハァ、ハァ……」
「士郎、下がって!」
「え? うわっ!
 いきなり遠坂がガンドを数発ぶっぱなした。狙い違わず男の肩に命中する――!

だが、
「――レジストされた!?」
 
男は微動だにせずそれを受けると、こちらには目も向けずセイバーを攻めたてている。

「な、なあ遠坂! 今一瞬、ガンドが当たったところが歪まなかったか!?」
「え!? そんなの見てないわよっ! そんなことより……!」
「バカ、落ち付けって! よく見ろ、肩で息してるけど動きはそんなに鈍ってないだろ!」
「……え?」

確かにセイバーの肩は苦しげに上下し、息遣いも荒いが、しかしそこまで疲労しているかといえばどうもそのようにも見えない。動きは鋭さを失っていないのだが、一撃一撃ごとに威力を殺ぎ落とされているような――

「ハァァッ!!」
 
突然、セイバーが気合一閃、相手の懐に飛び込んだ! 男の剣はかなり刀身が長いため、深すぎる間合はセイバーが有利のはず!

「むっ!」
 ギィン!

一段と鋭い剣戟音の後、両者は飛び退った。セイバーは俺と遠坂の前で息を整え、構え直す。

「……まただ」
 
さっき遠坂のガンドが男の肩に当たったときと同じ波紋のようなモノが、セイバーが切りかかったときに見えた。

あれはいったい……?

「――凛、宝具を使います。許可を
 唐突に。ほんとうに注意していないと聞き逃してしまうほどぽつりと、セイバーが言った。
「……!」
「魔力は十分です。一回くらいなら問題ないでしょう」

「で……でもあなたさっきから様子が変よ!? まるでなにか病気にでもかかってるみたいに……」
「――原因は分かっています。だから宝具を使わざるを得ない。ここなら、河に向ければあたりに被害は出ないでしょう」

「――セイバー、最初から宝具を使う気だったのか?」
「……ええ。私の考えが正しければ、通常の私の攻撃は、あの男には全く……届かない」
「……分かったわ。訳は後で聴く。――思いっきりやっちゃいなさい」
「ありがとう、凛」
 セイバーはふっと微笑むと――不可視の剣を両手に構えた。
「ほう?」
 それを面白そうに眺める男に向け――

「――ハアアアアアアアアァァァァァァッ!!」

――風が唸る。凄まじい風圧が周囲の木々をしならせ、砂埃を舞い上げていく。

「う……うああっ……」
 
風に押される……! 目を開けるのさえ困難な中、男は微動だにしないが……。
「……咆哮してやがるか。なにが出るのか知らねぇが、こりゃーただじゃ済みそうにねぇな」
 さすがに尋常ならざる魔力に気圧されたのか、その表情から余裕が消えた。風の唸りはなおも続き、剣に掛けられた封印がほどけていく。

――そして、強大な魔力による暴風のなか、隠された刀身がその姿を表した――!

「な、ンだとォ!? その剣は……!!」
「これを前にしてもまだ余裕があるか――!?」
「チィ――! さすがにこりゃ消し切れんな! だが――!!」

男は大きく距離を取り、その炎の剣を目の前に構える!
 まさか、真っ向から撃ち合うつもりか!? で、でも――!

「そんな……あの剣って宝具なのか!?」
「え!? ウソ、士郎、あれって剣なの!?」
「はっきり視えないけど剣だ! で、でもそんなことって――」

――あるワケがない。だって『セイバー』はここにいるんだ。剣を宝具とする剣のサーヴァントは、ちゃんとここにいるんだぞ――!
――いや、しかし。それを言うなら、そもそもなぜ、新しいサーヴァントなどが呼ばれている――?
――わけのわからないことだらけだ。一体何が起こっている――!?

「来い! オレに対してどこまでできるか見せてみろ!」
「約束された《エ ク ス》――」
 
そして、セイバーがその聖剣の真名を告げるとと共に――

「勝利の剣《カリバー》――――――――――ッ!!」

溢れ出た閃光が、なにかの呪を紡いだ男へと向けて襲いかかった。
――その、爆発する閃光のなかで。俺は、『それ』を『視た』。

「ハァ、ハァ…………!」
「……セイバー、大丈夫?」
「…………」
「……ク……!」
「――――うそ」

セイバーは息を乱し、遠坂はあり得ない現実を見ていた。なぜなら、星をも砕くはずのその一撃は、
――謎のサーヴァントに、傷一つつけていなかったのだから。

いや、それは違う。男の鎧はところどころひび割れ、壊れている。だが、男の身体のどこにも、傷も出血も見当たらない。

そして、俺は。呆然とする二人とは全く別の理由で、金縛りにあってしまっていた。エクスカリバーはあの男を倒せないであろうということに、気付いてしまったからかもしれない。あの『剣』を『視た』ときに、
 ――この男に、セイバーは絶対に勝てないということを、気付いてしまっていたからかもしれない――

男は目の前に構えた炎の剣をゆっくりと下ろし、面白げに俺達を見つめた。
「――最強の聖剣の威力、確かに見させてもらったぜ」
「――バカな。聖剣の直撃を食らって……」

「さすがに殺し切れなかったな、そのままじゃな。誇るべきことだぞ? それは。このオレに守勢を取らせた『あの連中』は……多分お前が初めてだ。……  っかし、驚いたな! いきなり伝説の聖剣様が見れるとは思わなかったぜ。それだけでこっちに召喚されたモトは取ったってもんだ。……いや、それを言うならもっと驚いたが――あの円卓の騎士を統べる騎士王アーサーがこんなガキ、しかも女だったなんてな。しかしそれにしても
 ―――ふぅん。コイツは面白くなってきやがった」

饒舌に語るサーヴァント。もう間違いない。エクスカリバーの直撃を受けてなおその余裕を崩さないあの男の真名。セイバーは勝てない。でもそれは、セイバーがあの男に劣っているわけじゃない。セイバーのある『特性』ゆえ、彼には絶対に勝てないのだ。なぜなら、あの男の二つ名は――

言うな……! 確かにこの身は女なれど、それ以前に私は騎士であり王なのだ……!」
「――ああ、どうもそうみたいだな王様よ。その気迫に力量、さすがに伝説の騎士王と呼ばれることはある。さっきの暴言は取り消すぜ、アーサー」

「――な」
 
その素直な物言いに、思わず目を円くするセイバー。その時いきなり遠坂が叫んだ。
「アルトリアよ!」
「あん?」
「り、凛……! そんなことはどうでもいいのです、それより早くシロウと――」
「セイバーにはアルトリアっていう立派な名前があるでしょ! もうそんな名前背負わなくていいんだから――! 士郎もなにか言ってやりなさいよ!」
 この期に及んで強がる遠坂。

だが、言いたいことはよく分かる。アーサー――その名に込められた重い責務と使命とは、この平穏にやっと慣れ始めたセイバーを、未だに蝕み続けているのだから。
――でも、今は……それよりも――!

「――いい目だな、魔術師のお嬢ちゃん。ははんなるほど、アルトリアか。アーサーよりはそっちのほうが、ま、らしいって言や、らしいわな」
「――な」
 
あまりにもあっけらかんとした男の物言いに、遠坂も俺もセイバーまでもあっけにとられる。しかし、
「――んじゃ、王の覚悟ってのも見せてくれ」
 
突然、男の口調が変わった――!  男は炎の剣をそのまま大きく振りかぶる!

「っ……! 凛、シロウ、出切るだけ遠くへ……シロウ!?
「士郎!?」
「……大丈夫だ、宝具は、使わない――!」

絶対間違い無い。だって、宝具を使う気なら――

「な、なに言ってるの! だって現に――」
「……っ! 間に合わないっ……!」
 
突然セイバーが飛び出す。狙いを俺達から逸らすため――だけど、

「食らいな――世界を滅する紅蓮の業火《レヴァンテイン》―――――――――ッ!!

違う。

「フェイントだセイバ――――――――ッ!!!!」
 
その、瞬間。男が紡いだ宝具の偽名と、俺の叫びとがぴったりと重なった。

『――な!?』

驚きの声は、だれのものだったか。宝具を食い止めようと再び聖剣に力を込め始めたセイバーだったのか。ありったけの魔力をセイバーに送り込もうとした遠坂だったのか。

それとも――名を紡ぎながらも剣を振り下ろす事なく、残像が残るほどの速度でセイバーに突進したサーヴァントのものだったのか。

完全に不意を突かれたセイバーが突撃に気付くのがあと一瞬でも遅れたら、確実に炎の剣が首をかき切っていただろう。かろうじて受けとめたセイバーはしかし、不自然な体制のままこちらに向かって投げ返される形となった。

「……グ……ッ」
「――――――!!」
「セイバー、大丈夫か!」
「なんとか、大丈夫です……く、宝具の名を偽るとはなんという――!」
「し……士郎? なにが……」

「―――――――オイ小僧」
 
見れば、男は凄まじい敵意を剥き出し、俺を睨みつけていた。炎剣を肩に担ぎ、身体を俺の方に向ける。
「……なんで分かった? とっておきの戦法だったんだがな」
 獲物を狙う鷹のような鋭い視線。俺はその目をしっかり受け止め、

「―――――さっき、セイバーの宝具を防ぐときに封印を解いただろ。そのときに見えたんだよ」
 ――そう、炎の下の、剣の真の姿が。それを聞くと、男の目から鬼気迫る敵意が急速に消えた。やれやれ、と剣を下ろし、口元を歪める。
「―――――チ。こっちのガキも甘く見過ぎてたってか。なんだなんだ、やたらスゴ腕の集まりじゃねぇかお前ら……ふ、ふふ」
 ククククと男は笑いを漏らし――そのままそれは哄笑となった。

ハッハッハ! こりゃおもしれぇ!  いいぜ小僧、最高だ。もう一回見せてやるよ、褒美にな」
「―――っ! セイバー! まずい!」
 
さっきこいつは炎の封印を解かずに構えた。あの炎はセイバーと同じく、剣に威力を付加させるだけでなく、その刀身そのものを『見せない』ようにするためのもの――。

だから、その封印を解かず宝具を使えるわけがなかったのだ。エクスカリバーを『切った』その一瞬、やつは炎の封印を解き、刀身を剥き出しにした。その時、俺にははっきり視えた。セイバーの聖剣と同等、否、それ以上の存在感を持つ、圧倒的な栄光と破滅をその身に宿した剣の姿を。

「……ッ!」
 
セイバーと遠坂に緊張が走る。が、男は、
ああ、ああ、今日はもう殺し合いはなしだ。どうせオレの真名もバレちまってんだろ。なら痛みわけってことにしねぇか。お前さんも正体バラしちまったんだからここで決着つけたい気持ちは分かるがよ、祭はまだ始まったばかりだろ?」
 ――そう言いながら、構えを解いた。

「……そんなことをして油断させようとしても無駄よ。二度も引っかかるもんですか」
「――本当か?」
シ、シロウ! なにを言っているのですか! サーヴァントが自分から宝具を明かすはずがない! わざわざ姦計に引っかかることは……!」

「ああ、これはお前のファインプレーに対する単なる褒美だ。剣を見られたからにはオレの正体にも気付いてんだろ、なら多少の演出には協力してやるぜ?」
「――分かった。信用する」
「シロウ!」
 なお食い下がるセイバーをそぶりで止めた。

「……ククッ。いいな小僧、実に面白れぇ。なんでそこまで簡単に信用するんだお前?」
「……なんかな。お前見てるとあんまり危険なヤツって感じがしないんだよ。邪気がないっていうか――」

その存在が、意志が、非常に澄んでいる――そんな気がする。
それは、多くの英霊に接した、かつての経験から感じることだった。コイツは確かに、戦闘になれば非情に相手の命を奪うだろう。だが、それはセイバーや遠坂と同じ、『戦士』としての意志だ。

そう、そういえば、この男は聖杯戦争で出会ったランサーに似ているところがある。聖杯戦争の始まりの時、俺は一度彼に殺された。心臓を一突きにされ――遠坂に命を救われた。

しかし、その後俺達はキャスターと、一度は裏切ったあの赤い騎士とに共に立ち向かい――ランサーは最後に、遠坂を言峰と慎二、そしてギルガメッシュの手から救って消えて行ったのだ。

比喩ではなく、自分を一度は殺した相手と共に戦う。なぜそんなことが可能だったのか。結局遠坂も俺も、最後には彼を信じていた。それは、彼には邪気というものがなく、端的に言ってしまえば、ランサーは、純粋な意味での『英雄』だったからだろう。

この男には、かつてのランサーを思い出させるところがある。性格的に騎士ではないのかもしれないが、その在り方に、非常に強く「英雄」を感じさせる。

ちょ、ちょっと士郎! コイツ、宝具の真名偽装して不意打ちかけるようなセコいことするヤツなのよ!?」

「オイオイ、セコいたぁ心外だな。別に他人の宝具に偽装したって悪いことはねぇだろう。そんなくだらねぇことに引っかかる方が悪い。なにせこれは一対一の奇襲には滅法効果的でな、大抵びびって型を崩すんだよ。まあ、効果の程は身を持って分かったはずだが」

「……これ以上我等を欺くというならば相応の覚悟はしてもらう。宝具が破れたはいえ、私はまだ戦えるのだから……!」
 闘志を失わない目で男を睨み付けるセイバー。だが、

(セイバーも、もう気付いているはずだ)

だからこそ、無茶を承知で宝具を使ったのだ。彼女があの男を倒せる可能性は、もうそれしかなかったのだから。

――しかし、それも破れた。男は自らの宝具の真名すら明かすことなく、数多の英雄を倒してきた必殺の一撃を、あろうことか無傷で凌いでのけたのだ。今、セイバーが戦って勝つ可能性は万に一つもない。

(ここは耐えてくれ、セイバー)

本当は、信じる信じないと言っている余裕もない。このサーヴァントを倒す決定打が見つからない以上、なんとかこの場は逃げ延びて打開策を見つけるしかない。そのことはセイバーも遠坂も良く分かっているはずだ。

「……いいねぇ、その眼。そっちの嬢ちゃんも小僧も、みーんないい眼をしてやがる。気に入ったぜお前達」
「……」
「――んじゃ、ご開帳だ」

先ほど少し聞こえた呪を再び紡ぐ。やっぱりだ。遠くて聞き取れないわけじゃない。言葉――それが何かの言語であるならば、だが――が頭に止まらず、聞こえたという認識だけ残して去っていく。

それはどういう魔術だったのか。柄から刀身まで、全てを包んでいた青白い炎が、まるで剣に吸い込まれるかのように消え、そして――

「……そ、そんな……カリバーン――?
 遠坂が呟く。違う。黄金の柄、刀身のこしらえなど、確かにセイバーの『選定の岩の剣』と似ているが、装飾はより簡素であり、なによりもその大きさが一回り以上大きい。

「俺も詳しくは知らんが、こいつが突き刺さっていたのは木だったって話なんだがな」

かつて、隻眼の老人に扮した神が、りんごの木に突き刺したと言われる「支配を与えるの木の剣」。剣はある勇士の手により引き抜かれ、数多の勝利を彼に与えた。だが、勇士はいずれ神の寵から見離され、剣は勇士の命と共に神槍の前に砕け散る。

後に勇士の息子により復活し、栄光と破滅を持ち主に与え続けてきたその剣の名は――

「魔剣グラム――やはり貴方は竜殺し《ドラグーン》……!」
「ジークフリートだ。覚えなくていいぜ、アルトリア」

――ジークフリート――!
『竜殺し』の異名を持つ、北欧ゲルマン神話最大の英雄――!!

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