Fate/dragon’s dream

英雄たちの夜~凛~後編

ひらりとスカートの裾を舞わせ、竜の少女はくすくすと笑う。

「凛さん、誤解しちゃだめ。ここでこうしてるあたしは、確かに『あたし』だけど、同時に間違いなくシグよ。人格と記憶こそ違うけど、れっきとした同一人物。まあ、半霊体だけど身体がある以上、単純な二重人格とかとは違うけどね。
 言ったでしょ? あたしはシグの知覚を間借りしてるだけだって。それは脳を共有してるってことだけど、意識や記憶っていうのは脳の機能よ。機能はあくまでも構造と一対一の関係だから、脳という構造を共有してるってことはイコールで同一人物以外ありえないのよ。例えどう見てもそうは思えなくてもね」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。それにしちゃ、その……あなたあんまりにも、……その、なんてゆーか、しぐさとか考え方とかが、ほら、女の子っぽくない? ジークフリートから、そんな――」
 なんとなく、失礼かなと思って言葉を選びながら話す。

「まーね、確かにそのまま聞くとキモチワルイわよね。でも、元はと言えばあたしは親父様の魔力によって強引に作り出された存在だからね。……シグに足りなさ過ぎる人格になったっていうのは、実は親父様のせいなのよね」

「親父様って、ファフニール竜のこと、よね? ……ジークフリートに殺された、というか、救われた、というか」

「そうよ。ま、親父様ってあたしは呼んでるけど、……そんなことはどうでもいっか。あの人は……人っていうのもヘンだけど……あの人はシグがどうして自分を殺し得たかっていう理由に気づいていたのよ。だから自分を滅ぼしてくれた見返りに、シグにそれを伝えた――祝福と呪詛を以って」

「……私もね、ジークフリートの竜殺しの伝説は昔から知ってる。他の竜殺しと呼ばれる英雄達の話もいくつかは知ってるわ。聖ゲオルギウスとかベーオウルフとか。それらに比べて、ジークフリートの竜殺しに特異的な要素があると思うの」
「へぇ、それは?」

「ジークフリートのファフニール退治における特異点は、『一撃での致命傷』。最強の竜殺しとして、その代名詞になってるはずの英雄は、それなのに実際に竜と死闘を演じたという記述がない。オーディンの助言によってファフニールが水を呑みに出てきたとき、通り道に仰向けになって隠れて、竜が真上を通過するときグラムで心臓を一撃。竜は致命傷を負い、あとは力尽きるまでジークフリートは生き残るだけでよかった」

「……ちょっと違うけど、まあ大体は合ってるかなー。一撃で致命傷を受けたっていうのは本当よ」

「そう? まあいいわ、別に伝承と事実との食い違いを探してるわけじゃないもの。竜を倒したのは彼の武勇ではなく――彼が武勇に秀でてないってわけじゃないわよ。そんなのとっくに思い知ったから――知恵だった。竜殺しっていうのは、単に『最強の幻想種である竜を殺すことができるほどの武勇を持つ英雄』という定義ではないのね」

「そう。あれは純粋な資質に由来するわ。というか、ヒトが竜の前に立つときの、その立ち位置とでも言えばいいのかしら。
 シグは竜殺しの中でも別格の資質を持っていた。シグの前に立つとき、全ての竜は最初から致命傷を負っている――そんなことを言われるまでに。でもね」

ファフニールは、ふっと力無く笑う。
「資質っていうのはね、歪みと同義よ。普通の人間は持ち得ない資質――それをもっていないということは、歪んでない普通の人間の証拠。あなたの英雄も、守護者――『掃除屋』になる資質がある。それは、つまり歪みと同義。分かる?」
「ええ」

「シグは竜殺しの資質があった。それは、シグのどこかが歪んでいたからなのよ。その欠落があったからこそ――シグは親父様を殺すことができ――あたしが、生まれて、そして――ブリュンヒルド様との出会いの後、ハーゲンおじさまに負けた。
――親父様は、自らを殺したことへの感謝と恨みによって、あたしを創り出した。シグの持っていたその欠落を、シグに伝えるために。――自分が守護するべき人をこそ絶対に守護できない矛盾したガーディアンとして、あたしを、創り出したの――」

「……なに言ってるのよ。あんたがいるから、あいつは傷も付かず、ほとんど不死になれてるんじゃない。それなら、十分あなたはジークフリートに対して貢献してる。そうじゃない?」
 ファフニールは、すると――とても悲しそうな笑みを浮かべた。

「違うわ。あたしがシグを守れるとき、それはシグ自身の力でどうにかできるときだけよ。あたしがいてもいなくても、シグは生き残るときは生き残るし、負けるときは負ける。
 ……呪いなの、それが。シグとしてでなく、ファフニールとしてのあたしに課せられた竜の呪い――」

ファフニールは立ち上がり、夜空を見上げた。つられ、私も星を見上げる。
 天に浮いた教会。遮蔽物はなく、普段なら見えないような星空が、私たちの頭上にあった。
 青い衣が風になびく。それは、とても不思議な夜――

「……エーギルの兜。それが、あたしに課せられた呪いの名前」
 天空を見上げながら、ファフニールがつぶやいた。
「……それって」

聞いた事がある。エーギル……『恐怖』の兜。ファフニール竜が用いていたと言われるニーベルンゲンの宝のひとつで、相対したものに恐怖を与え戦闘意欲をなくさせたという。
 だが、竜が兜などかぶっていたのだろうか。おそらくは竜が人間に与える至高の幻想への畏怖を比喩として表現した語句ではないのだろうかと思っていたのだが――

「シグの心に存在しないはずの感情――『恐怖』が現れたとき、あたしは強制的に眠らされる。それが、親父様がシグに、そしてあたしに残した真の呪い。
 あたしは、シグが本当に助けを必要とするときにだけは、絶対にシグを助けることができない――」
「……」

「シグの欠落は、それ。シグは竜を前にしてあらゆる畏れも恐れもなかった。未知への恐怖――そういうものを感じる心が存在しなかったの。
 だから、シグは――竜を生かすことで救おうとするハーゲンおじさまに負けたのよ。
 それは、シグに存在し得なかった方法。正逆の道――未知。ハーゲンおじさまは、シグを恐れさせた唯一の人間だった。
 滅ぼすことこそが竜を救う唯一の道と信じ、その道を突き進んだシグにとって、竜を生かして救う方法を求めたハーゲンおじさまの考えは――正に、ありうべからざるものだったから。もしも、全ての矛盾を超越して、そんな道がありえたとしても、それはシグには……永遠に失われてしまった道だったから。
 ――シグに『失う事の恐れ』を教えたブリュンヒルド様との出会いがなければ、シグはきっと、ハーゲンおじさまに勝てたでしょうにね。
 あたしは――なにもできなかった。シグの死に際して、泣く事しか。あたしはもう終わってしまった竜なの。与えるべき財宝もなく、ただ英雄の心に残ってしまった影。
 シグの欠落を埋めたのはあたしじゃなくて、ブリュンヒルド様。あたしより上位の、竜の見る夢そのもの。あたしは、なにも――シグになにもしてあげることはできない、ただの幽霊なのよ――最初から」

そして――
「いっそのこと――顔も名前も、捨ててしまうことができたらよかったのに――」
 初めて見せた、それはファフニールの激情――
 でも、次の瞬間には、いつもの彼女に戻っていて――

「――あたしね、昔シグに一度、本気で殺されかけたことがあるの」
「え……」
「当然だよね。あたしは、シグにとっては呪いそのもの――完全な『予期せぬお荷物』だった。それでも、脳を間借りしたあたしは、シグから離れることもできなかった」

青い衣の少女は、ぽつぽつと語った。
「あるとき、シグはあたしと決着をつけようとした。竜殺しとして、お前を生かしておくわけにはいかないって。
 森の中であたしたちは対峙した。シグはグラムの力を解放して、あたしに振り下ろして――」

「……ファフ、つらい?」
 ファフニールはその問いかけには答えず、物語を進める。

「吹き飛んだよ。骨も残さず粉々になったわ。でも……でも、それどころじゃなかったのよ。
 グラムが暴走したの。あんなグラムは、ずーっと一緒にいたあたしでさえ、後にも先にも見たのはあの時の一度きり。太陽の輝きをまとうはずのその刀身からは、竜のヨドミのような黒い瘴気が噴出して……いつも感じていた暖かさはどこにもなく、冷たい金属のような殺気しかなかった。
 黒く変色したグラムはシグの体力と魔力を根こそぎ奪い取り、その斬撃はあたしを吹き飛ばしただけじゃなく、森を焼き払いその先にある村落を直撃した。行き倒れてたあたしたちを看病してくれてた、ある女の子の住んでいた貧しい村を」

「な……」
「あたしはもちろん死ななかった。竜の血で作られた魔力回路が、シグ自身の魔力をムリヤリ奪い取ってあたしを再生させたわ。黒いグラムに極限まで魔力と生命力を奪い取られ、その上更に『ファフニール(闇を抱く竜のまどろみ)』になけなしの魔力を吸い上げられ、シグはもう死の直前まで来ていた。でも――」
「ファフ、もう――」

「でも、シグは這っていったわ。全身ズタズタになりながらも、這って這って、やっと村の跡地まで辿り着いた。
 ――村は真っ二つ。酷いものだったわ、グラムの斬撃が通過したあとは断層みたいになってしまっていた。運悪くそこにいたヒトは、綺麗に身体の半分がなくなってたわ。あっちこっちで家が倒れて、燃えてて――そして、その子を、見つけてしまったの」

「ファフ、どうしてあなた、そんな話を、私に」
 問いかけには答えず、竜の少女は続ける。

「家の倒壊に巻き込まれててね。下半身が押しつぶされて腰の辺りから引きちぎられてた。それでも、その子は生きてたわ。突然舞い込んだ絶望に半分気が狂いながらも、何が起こったのかも理解できず――シグの腕の中で息を引き取った。
 ――それからかな、シグがあたしに話しかけてくるようになったのは」

ふと、われに帰ったようにファフニールが私を見つめ、微笑む。
「ごめんなさい、おかしな話聞かせて。あはは、なんか懐かしい感じがしてつい」
「……ファフ、一つ教えて。あなた、本当に自分がジークフリートに対して無力だなんて思ってる?」
「――」

「もしそんなこと思ってるんだったら、それは勘違いもいいとこよ。あんたたちと一緒にいるのは今日でたった二日目だけど、それでも分かるわ。ジークフリートは、あなたを認めてる。ほんとうに自分の一部分として、あなたを扱ってる。甘えも、厳しさも、あなたに対してだけは質が違うもの。
 私にはあなたたちの過去は分からない。でも、ジークフリートは自分の欠陥を埋めなければ、ハーゲンとの戦いに生き残ることはできたでしょうけど、おそらく『最強の竜殺し』にはなれなかったんじゃないかしら。
 恐れを知った上で、じゃあジークフリートは竜殺しでなくなったかというと、そんなことはない。今の彼を見れば、彼は『最強の竜殺し』であることはすぐわかる。何も知らず、ただ竜殺しの使命として竜を殺すのではなく、恐れを知り、その上で、自分の意思で竜を殺していくことをジークフリートが選択したっていうことでしょう?」

「そう。シグは竜殺しを捨てなかった。竜の解放のために、傷つきながらも竜を殺すことをシグは選んだの。でも、それに気づかせたのはブリュンヒルド様で――」

「違うわ。だってブリュンヒルドは竜じゃなかったんでしょう? ジークフリートは『竜』を愛してる。彼の竜殺しとしての根底に成ったものはそれじゃない? だとしたら、最初に『竜』に目を向けさせたのは、いったい誰なのかしら?
 あなたは自分を終わってしまった竜だという。でもそれは当然よ。あなたは、竜だけど竜じゃない。『竜の残した結果』なのよ。竜殺しとしてひとつの竜を解放した、その報酬――否定されたことによって肯定された永遠の形。だとしたら、あなたはジークフリートに対して他の誰よりも、大きな影響を常に与え続けてるんじゃないの?」

ファフニールはまた、私の隣にちょこんと腰をかけた。そして、大きく芝生の上に横になって
「あははっ、ほんとに同じこと言うんだねー。やっぱり似てる。性格もだけど、その魂の色合いがね。アルトリアさんがちょっとうらやましいかなー」

満面の笑みを投げかけてきた。思わずきょとんとしてしまい――そしてちょっとの怒りがこみ上げる。
「な――ちょっとファフ、あなた――!」

「えへへ、ごめんなさい、試したりして。でも、あたしは自分の宝石なんて持ったことなかったから。少しくらい愛でさせてもらってもいいでしょ? 一応戦利品なんだしねー」
 悪びれた様子もなく、そんなことを言う。

……って、誰が戦利品よ誰が! ――まあ、そうかもしれないけど――まったく、竜ってのはみんなそんななのかしら……」

「そうねー。でも、あたしはやっぱり竜だから。宝石そのものにはなれないわ。
 ……ん、それでも、同じことを言われてちょっと嬉しかった。あたしは、ちゃんとシグに夢を与えてあげられてるって実感できるから――」

「……? 同じコトって、だれがそんなことを? それに、なんかさっきから誰かと比べられてる気がするんだけど」

ファフニールはその問いには答えず、うっとりと目を閉じた。そして、再び目を開き、空を見つめながら
「いい月だね」
 と、呟いた。

「知ってる? 月の光には魔法がかかっているの。人に幻想を抱かせるという魔力。この世界はね、人間がただ生きていくだけでは辛過ぎる。その辛さを忘れさせるために、月は人間達に夢を見させるんだって。
 もしもその話が本当だったとしたら、その過程で産まれたのが、あたし達竜ということになるのよね。あたし達の、お母さん。月の光には人を狂わせる力がある。その力っていうのは、ヨドミと同じものなのかもしれない――」

ふーと息を吐きながら、彼女は再び目を閉じた。思わず、寝っ転がった二人を見比べる。
 ――ああ。確かに、この二人は一心同体なんだ。
 この英雄たちは、いったいどんな物語を綴ってきたのだろう。どんな物語の果てに、今ここにこうしているのだろう。

ジークフリートは澄んでいる。竜殺しとしての己を誇りに思い、英霊となってさえ、自らの永遠を失わない――
 それは、きっと彼の魂の色合いを失わぬように、彼女が研磨してきた結果なのではないだろうか。

(あの宝石箱――あのままにしておくかな。隠し場所を思い出せたら、あなたに全部上げるわよ……)
 そんなことを思いながら、腰を上げる。

「……竜は夢を抱くもの。そして夢を与えるもの。夢見、目覚め、願わくば宝石を与え、そして、仮面よりの解放を――」
 寝言のようなファフニールの独白を背に、私はゆっくりと教会の正面玄関の扉を閉じた。背後の夜空が、茶色の扉の向こうに消える。

「……行きますか。最後の真実を確かめに――」

NEXT