答えの無い問い~ハートの国のアリス異次元~

第四章 それぞれの決着

第二節 アリス拉致事件発生

現在アリスは一人で、庭園を汚す血液を掃除の真っ最中である。
「他のことにはすぐに慣れるのに、死体には慣れないなんて可愛いですね」
 死体を片付けるのはさすがに無理だ、という旨を伝えて、大元の後始末を同僚に任せると、みんな同じような感想を漏らす。

仕事を全て任せるのも気が引けて、彼女は残りの掃除は全て一人で引き受けた。無論周囲は反対したが、それらを全て押し切った形になる。

この世界の人々の感覚はアリスと大分ズレている。死体に慣れることなど永久に無理だと彼女は思う。

アリスの頑張りによって、庭園一区画の赤いシミは大方取れた。こびり付いてしまった血の臭いの方はどうしようもないので、時間が解決してくれるのを待つしかない。だが、ここは彼女が担当するエリアのほんの一角にすぎない。あんまり広いので一人で愚痴り始める。

「掃除する方の身にもなってほしいわ。絶対におかしいわよ。こんな無駄に広い迷路なんか設計した人って……」

気配を感じて振り向けば、辺りは再び掃除をする前の状況に戻っていた。しかも死体までがそのまま放置されている。アリスにはまるで時間が巻き戻ったような錯覚さえ覚える。驚愕の悲鳴を上げつつ、彼女は冷静に考えた。先ほどまでは確かに綺麗に掃除したはずで、そもそも周囲には人などいなかったはず。

生垣の影から二つの斧が現れて、彼女の腰に抱きついた。
「お姉さん発見ー!」
「よし! 捕獲しよう兄弟!」
ぎゃあああああああ! 切れる! 切れるから離れて!! お願いだから斧を離しなさい! ディー、ダム!!」
 
正確に言えば、斧を持った双子の少年たちがアリスに抱きついて来たのだ。

トゥイードル=ディーとトゥイードル=ダムは見た目程、子供らしい子供ではない。あの帽子屋屋敷の門番を務めるほどの腕利きの斧使いで、ブラッディ・ツインズとあだ名される。好戦的……と言うより猟奇的な子供たちである。

だが子供ゆえの無邪気さも持ち合わせているので、何をするにも遊びの延長にあるようだ。例え人死にが出る結果になったとしても、彼らは全く頓着しない。

「あれ。そう言えば門番の仕事はいいの?」
 双子がハートの城にいるということは、今現在の帽子屋屋敷の門は無防備極まりない状態のはず。鍵を閉めたところで不審者の侵入は防げないだろう。

双子はご高説を唱え始めた。
「お姉さん知らないの? 僕らは残業手当ぐらい貰っても然るべき働きをしているんだよ。不審者なんか他の奴が偶には排除すればいいよ」
「お姉さん、本当の不審者がわざわざ正門選んで入って来ると思うの? 大丈夫だよ、ちゃんと罠は仕掛けてきたから。ああ、お客さんも引っかかるかもしれないけど、まあどうでもいいよね。子供はちゃんと遊ばないと立派な大人になれないんだよ」

もっともらしくご高説を述べる子供たちに、アリスは額を押さえた。彼女の知る限り、この世界に立派な大人などいなかった。彼らの身近な大人と言うのは不良の代表みたいなマフィアのボスと、その側近ぐらいなもので、しかも揃って『まとも』とは程遠い存在である。思わず双子の将来に思いを馳せてしまう。

「私だけでもしっかりしないと……」
 だが既に非行に走った子供を修正する自信など全くないアリスであった。

ディーが頭に腕を回して、陽気に言い放つ。
「僕たちハートの城の兵士たちと隠れん坊してたんだ」
 ダムも楽しそうにゲームの内容を説明してくれる。
「見つかっちゃったら仲間を呼ばれる前に殺すんだよ」

子供らしい、キラキラした瞳を見ていると、アリスはついつい絆されてしまいそうになる。けれども言動と行為は凡そ子供らしいものとはかけ離れていた。無邪気な様子なのに、邪気しか感じられないのはどういった魔法だろうか。

「そういうのは隠れん坊って言わないと思う……」
 むしろスパイ大作戦だ。双子にとってはハートの城ですらアミューズメント・パークであるらしい。

ダムが思い出したように口を開いた。
「あ、でもね、僕ら遊びに来た訳じゃないんだよ。ボスの命令で来たんだ」
「お姉さんのためなら命令されなくてもやるけどね~」
 ディーが悪戯っぽくウインクする。
「仕事中だったの? だったら邪魔して悪かったわね。私も仕事に戻るから、じゃあね」

彼らの仕事がハートの城との交渉だとは考えにくい。あのブラッドがこの二人に命じることがあるとするなら血生臭い仕事のはずだ。世話になっている以上、アリスも城の人々に恩を返すべきところだが如何せん非力である。立ちはだかったところで何の障害にもなりはしない。遊びならば、まだ口出しする余地があるが、仕事の邪魔をすれば殺されてしまう。

余所者が関わるべきでない問題がこの世界にはいくつか存在する。その一つが領土問題である。それとなく不審人物が現れたことを伝えるくらいしか彼女にできることはない。

思考の海に沈んだアリスの腕が、がしっとディーに掴まれた。驚いて見下ろすと大真面目な碧眼とぶつかった。
「何言ってるの、お姉さん。僕ら、お姉さんを攫いに来たんだ」
 ダムも反対側から取り押さえる。
「お姉さんか弱いから抵抗しても無駄だよ。なるべく傷付けたくないし」
 状況に付いて行けず、アリスは困惑の極みに陥った。その間にも何処かへズルズルと引きずって行こうとする。

「え? え? 私を捕まえに……って困るわ。仕事があるんだけど」
 やっと我に返ったアリスが抵抗を試みる。途端にディーが涙目になり、彼女は狼狽する。
「僕らより仕事の方が大事だって言うの?!」

「そ、そういう訳じゃ……。お、大人は無断で仕事を放り出す訳にはいかないと言うか」
 しどろもどろに弁解する。自分を姉のように慕ってくれる二人にせがまれると弱い。双子が背中に目薬を持っていることなど彼女が知る由もない。

「そうだ。せめて一言言ってからにしましょう。ちょっと同僚に外出することを伝えるだけだから」
 やっとのことで出てきた提案はしかし、悪夢のような言葉で蹴散らされた。
「僕らの邪魔をする奴なんか殺してやる」
目撃者なんか出さないよ。だから安心して僕らに攫われてね、お姉さん」
「今すぐ誰にも見つからずに行きましょう!」
 アリスの返答時間は自己最速記録を叩き出した。

職務放棄と双子がもたらす被害とを天秤にかけ、見事双子の面倒へ傾いた。これ以上ぐだぐだやっていたら間違いなく新たな死人が出る。それを肯定するかのように太陽の光は紅く変わり始めていた。

bloody_rose

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●あとがき

前回から間が空きましたが、作品自体は完成済みです……挿絵が描けないだけで。今更、挿絵なしにするのも気が引けるから、ずっと描いているわけですが。私自身、アリスから離れて久しいので、そろそろキャラクターの詳細やら雰囲気を忘れそうです。菓子パンと混じりそう。

挿絵がラノベだかギャルゲだか、よく分からん仕上がりになったけど結構気に入っている。こてこてになり過ぎた気もしないではないが。