ワンダーワールドの虹~ハートの国のアリス以前~

Act.4 薔薇の城の憂鬱

b.エースの激励

「酷いなあ。水も滴るイイ男をつかまえておいて、それはないんじゃない? ねえ、ペーターさん」
 背後の生垣からのぞく銃口に向かって、エースは苦笑した。

舌打ちがして、銃口がすっと引っ込んでいく。まるで何ごともなかったかのように、白いウサギ耳の男が、赤いギンガムチェック柄の傘を肩に差し直す。美術で言うような、完璧な黄金比を元に作られたギリシャ彫刻のような顔が派手な傘の下から現れた。

「僕は例えエース君の顔が汚かろうが醜かろうが、別にどーでもいいんです。いっそ頭なんて無くなった方がスッキリして良いと思います
 ペーター=ホワイトの酷い言いぐさが、同僚を冷たく突き放す。もちろん本人に冗談のつもりは全くなく、隠そうともしない悪意に裏打ちされているのが丸判りだ。

「酷いなあ、ペーターさんも。そっちこそ、その耳ない方がスッキリするんじゃない?」
 受けたエースは悪口など物ともせず、笑顔のまま愛用の剣で肩をトントンと叩く。
「ちょん切ってあげるよ。お礼なら要らないよ? 俺とペーターさんの仲じゃないか

どういう仲ですか。勝手にそんな仲にしないで下さい。気色悪い」
 潔癖な白ウサギは本気で嫌がっている顔をする。それが当たり前、とでも言うようにエースは構わず笑い飛ばした。
「あっはははははは。やだなあ。笑顔で殺し合う仲、だろっ?

深い溜息を吐いて、宰相もまた騎士に背を向けた。
「俺は雨、結構好きだぜ」
 濡れ鼠のエースは遠ざかる傘を見送る。
「だって珍しいし、何より予定調和をぶち壊してるところなんて最高」

つと足を止め、傘の表をエースに向けたまま呟いた。
「…………そうですね。僕も珍しいものは嫌いではありません」
 二人の間での意見の一致は極めて珍しいことだった。ただ向けられる対象が少しばかり違っていた。

ペーターはやや物思いにふけった様子で、天を見上げた。この世界に彼の好きなものは何一つ存在しない。

――好きになってしまったのは、向こう側。奇跡の果てにしか手に入らないもの。彼のこれから渡る橋はルールを破ることであり、危険な綱渡りに等しい。そして彼の願望が真に叶えられる日は、まず来ない。

「何だか、もうすぐイイことが起こりそうな気がするんだ」
その言葉は図らずも、ペーターを励ます形となった。

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