ワンダーワールドの虹~ハートの国のアリス以前~
Act.3 未だ見ぬ期待
c.飽き性の台風
彼の一本気な気性は晴れた天気がよく似合う。雨や曇りなどという濁った天気だと、何となく気持ちまで腐った感じになるらしい。イライラをどこにぶつけて良いものやら、やり場に困るようだ。
「雨なんかとっとと止んじまえばいいのに」
ぽつりと窓の外に向けて、苛立ち混じりに漏らしたエリオットの呟きに、ブラッドが応じる。
「私は、雨が嫌いではないぞ。何よりもどんな時間帯であろうとも、太陽の奴を拝まなくて済むからな」
帽子屋ファミリーのボスは夜行性だ。秘めごと・企みごとは夜に行うのが相応しいからだと主張しているが、実際は本人の意向によるところが大きい。
「それに今回の雨、何か面白いことが起きる前触れのような気がしてしょうがないんだ」
若きマフィアのボスは、まるで台風の接近を心待ちにしている少年のような顔をしている。
ブラッドの勘は良く当たる。ほとんど高度な思考に裏付けされた結論であるため、大抵は当たる。エリオットには逆立ちしても、そのような神がかった予知は不可能だ。もっとも、そのような能力などなくても、エリオットの場合は研ぎ澄まされた本能がある。
「ああ、でも今は退屈だ……」
ブラッドは雨を嫌いではないと言ったが、好きでもないようだ。雨が降ったという事実だけでは何も起きようがない。現に未だ何も起きておらず、彼の無聊(ぶりょう)を慰めるものは何も無い。
珍しいだけのものは、いずれ興味を失われる定めにある。一部のものを除いて、ブラッドはことごとく飽き性だ。故に、この天気にはもう飽きたらしい。
雨というものは普段無気力なブラッドを更に無気力にさせる効果があるらしく、お茶会を開く気にもさせない。ことによると、昼よりも性質が悪いのかもしれない。
少しで退屈を紛らわそうと、エリオットが懐からごそごそと何かを取り出す。上司の退屈は部下が埋めるのが務めだ。
「ブラッド、物は試しでニンジ……」
「悪いが一人で残さず食べてくれ」
エリオットが好物の名を口にし終わるまでに、ブラッドは一息で斬り捨てた。
ウサギはニンジンクッキーのぎっしり詰まった袋を大きな手の上で転がす。
「そうか? 遠慮すんなよ。まだ沢山あるし」
「結構だ。お前はそれが好きなのだから、好きなだけ一人きりで食えば良い。私は見ているだけで胸や……ゴホン、胸がいっぱいになるんだ」
オレンジ色の料理の、言語を絶するエリオットの食べっぷりを見れば、誰だってニンジンを好きなままでいられる訳がない。
恐ろしいことにブラッドがニンジン好きであるという認識が、エリオットの中で確立してしまっている。毎日毎食懲りずに勧めてくるのが何よりの証拠だ。
彼らの好物が一致していれば、このような悲劇は生むまい。ニンジンのお菓子とわざわざ反対の方向を向いて、ブラッドは紅茶に口を付けた。
