ギルカタールの理髪師~新たなる可能性~
5.血迷ってシザーハンズ
何だか頭が軽くてすっきりしている。誰かが私の顔を覗き込んでいるが陰になっていて見えない。
「にしても酷いな。いくら何でもこれはやりすぎじゃねーの、カーティス=ナイル」
「何を言っているのか、理解できませんね。これは愛です。僕たちの愛の形なんです」
そう言えば、やけに視界が広くて明るく感じられる。仮面越しの光景は正反対のものだった。つまり今の状態は――。
ようやく右手が動いて、顔を触った。徐々に思考回路が機能を回復してゆく。
「やった。これで仮面はボクの物ダ」
呪いの仮面に頬擦りしているユウに反応して、飛び起きた。
「コラッ、まだ代金支払ってないじゃないの!」
「おや、プリンセス・アイリーン。やっとお目覚めですか」
「なあなあ、プリンセス。ちょっとこいつの言い成りになりすぎてやしねーか?」
何のこと、とマイセンを見る。彼の右手は私の右米神から生えた一房を摘む。
「何でよりによってカーティス=ナイルと同じ髪型なんかになっちゃってるんだよ。マジでありえねーって」
「……ああああああ~!!……」
慌てて隠したところでもう遅い。完璧に、ばっちりと見られてしまった。……できることなら全員殴って気絶させて、記憶も飛ばしてしまいたい。私の髪型はカーティスに悪戯されたときのままだったのだ。ショートカットにされた上、赤く染められた。しかも右米神から伸びた髪は三つ編みだ。コスプレもいいところである。うう、涙出てきた……。
「……や、約束。報酬なのよ」
ぼそぼそと言い訳染みた私の台詞を、マイセンが鸚鵡のように復唱する。
「そうです。この僕に対する、正当な報酬の形。即ち愛の形です」
マイセンを押し退けて、ずずいとカーティスが迫り出した。賢者は混乱を極め、頭を抱える。
「訳わかんねー。お前、ちゃんとこの星の言葉で話せよ」
「愛はともかく報酬は嘘じゃないわ」
恥ずかしいことに、今でもうっかり戦闘不能に陥ることがままある。その度にカーティスに王都まで運んで来てもらっているのだ。そしてカーティス=ナイルの労働はべらぼうに高い。涙と笑いが止まらないくらい高いのだ……。
「僕って、高いので。報酬を金額に換算すると、プリンセスの手持ちではとてもとても。新たに多額の借金しないと払える額ではないんです。しかも結構、頻繁に労働やってるので、その金額たるや、余裕でシャーク=ブランドンの病院を買い取れるほどです」
「愛するプリンセスのためにやってることなんだろ? まけてやる気遣いもねーのかよ」
耳をかっぽじりながら、マイセンはカーティスを胡乱な目で見る。そんな視線をカーティスは気にも留めない。
「それとこれとは話が別です。親しい仲にも礼儀ありと言うでしょう。特に金銭問題はトラブルの元になり易い。まだ先は永いんですから、きっちりしておかないといけません」
「永いって、何が?」
私の疑問を華麗にスルーして、カーティスは私を引き寄せる。
「という訳で、僕を満足させることが報酬になりました。今回は彼女を僕の色に染めるという、楽しみです」
ご理解頂けました?と視線で問うている。
「……プリンセスって、本っ当かわいそうなぐらい男を見る目ねーよな」
かわいそうな子を見る目で、自称賢者がカーティスを眺めている。とりあえず、それは自分でも痛いほど分かっているので否定はしない。こんなイタイ男が好きだなんていう自分は、もっとイタイ。
「うん。馬鹿で愚かな人間の女って皆、きっと目が腐ってるか、節穴なんだよ」
なんかミハエルが便乗しているが、いつものことながら失礼すぎる。
「プリンセス、何ともなさそうだネ。健康ならすぐ取引しよう、取引」
空気読めない商人が話題を変える。彼にとっては私がどんな風采でいようが、関係ない上に興味ないらしい。だが、ありがたかった。もうこんな話題は一秒だって続けたくない。
「いいわ。いくらで買い取ってくれるの?」
「ボクも呪いを解くのに協力したから、五百万ゴールドでどうかナ?」
ユウが綺麗な笑顔で綺麗じゃない返答をした。
「そうねー。でも最終的に何とかしてくれたのは不本意でもミハエルな訳だし。五百五十万」
「えぇ! でもあの薬、すごいお金かかってるんだヨ?」
「私だって危ない目に遭ったんだから! もう良いわ。もっと高く買ってくれそうなところに売りに行く!」
がしっとユウに腕を掴まれた。
「せ、せっかく貴重品を手に入れるために協力したのに……。プリンセスあくどいヨ」
「何言ってるの。私はギルカタールのプリンセスよ? それに私だって人生かかってるの。形振り構っちゃいられないのよ!」
「プリンセスかっこいい~」
「うるさい!」
マイセンがからかうので一睨みする。あんまり効果はなかったが。それからあの手この手で私を陥落させようとするユウとは一晩中、争った。
取引が終わってすぐに、自分の髪型を普通のショートカットにして、髪も元の色に戻し、再びカーティスの家で寛いでいた。手の中の程よい札束の重さを噛み締める。
「凄い。あの仮面、七百万ゴールドで引き取ってもらっちゃったわ。ラッキー」
「ハイハイ、おめでとうございます。それよりも残り少ない日数で一体どうやって稼ぐんです、プリンセス・アイリーン?」
そうだ。何だかんだで既に二十日も経過している。手持ちの二百万ゴールドに加えて、残り五日で一千万ゴールドにしなくてはならない。だから残り百万ゴールド。普通に戦っても稼げない。
「聞きましたぜ、プリンセス。散髪上手いんですって? 大層評判になってますぜ、ギルカタールにカリスマ美容師現るってんで。俺のも切ってやって下さいよー」
カジノで稼ぐかと考えて一人で移動するときに、知り合いに話しかけられた。彼はカーティスの部下の一人だった。だが運が悪い。彼の背後から悋気の塊もといカーティスが見えた。
「殺します」
素早く右手にダークを構えるカーティスを制止する。名案が閃いた。
「待って。そうよ、理髪師よ。何だか知らないけど、最近は毎日散髪を頼む人が訪れる。しかもその客はお金を持った太い客ばかり。これを利用してやらない手はないわ」
ぽかんとしていたカーティスが我に返る。
「僕との約束はどうなるんですか! まさか反故にする気ではないですよね?!」
「そんなおっかないことする訳ないでしょう。ただ、今は緊急事態なの。取引が成功したら、ちゃんと約束は守るわ。負けたらカーティスと一緒にいられなくなるでしょう?」
「プリンセス……。わかりました。あなたがそこまで仰るなら、僕もお手伝いします……」
何だか部下を見る目が怖い。部下は部下で、いつ殺されるかと怯えている。念のため、釘を刺しておく。
「……言っとくけど、私のお客に手を出したら別れるから」
そして私は辻理髪師を始めた。
「あなたの場合は一カット三千ゴールドね。びた一文まけないから」
「高いッスよ~」
「クレームは僕が処理します。ですから僕に直接申し出て下さい。迅速、的確をモットーに対応して差し上げます」
あのカーティス=ナイルにこれだけ言われたら、びびらない者はいない。クレームなんておくびに出せる訳もなく。散髪の腕に自信があった訳ではないのだが、口コミで広まったらしい。タイロンやスチュアートまでもが影で宣伝に協力してくれている。
こうして私は本当に散髪だけで残りを全て稼ぎあげたのだった。
「プリンセスって、本当に何でもできるんですね。ハサミ捌きも板について見えます。でも取引は成功したのですから約束は守ってもらいます」
カーティスは取引以後にギルド長を引退してしまった。いきなり辞めてしまった上に行方を眩まして、王宮に匿われている。
「僕を匿って下さいよ、未来の女王様」
訳わかんない口説き文句に流されて、匿うことになってしまった。当然ながら、チェイカからは猛反対されている。
カーティスは女王の愛人というポジションに異常に憧れていた。彼には悪いが、その希望は叶えてあげられない。私は女王になんかならない。何たって、私には夢ができたのだから。
そんな彼を部屋に呼んで、秘密裏に荷造りの手伝いをしてもらっている。自由を手に入れた私は準備しているのだ。
「つかぬことをお聞きしますが。僕たちは一体何やってるんですか? 新婚旅行にでも行くんですか」
「カーティス。私、目覚めちゃったみたい」
カーティスの顔が引き攣って、手が止まった。
「は? 何に目覚めちゃったんです?」
「理髪師……いえ、美容師になるわ。そしてギルカタール一の美容院を作るのよ」
予想通りに血相変えて、抗議して来た。
「何を血迷ってるんですか?! 止めて下さい! 僕は……あなたを独占したいのに!」
「美容の仕事で以外なら、いくらでも独占してくれて構わないわよ! お願い、カーティス! 本気なの!」
カーティスは俯いて、深~い溜息を吐いた。
「……僕、あなたの本気の頼みには弱いんですよね」
こうして王宮を飛び出してギルカタール一の美容院を作った。けっこう繁盛している。様子を見に、お忍びで王様がやって来るぐらいには。
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あとがき
やっちゃいましたね。ショート・ショートのつもりが長くなりました。本当は4コマ漫画で終わる予定だったんです。いつも構想を文章で書き出してから描いたり、頭の中で作ったりするのですが。冗談で作ったようなお話です。乗りに乗っちゃうとこんなお話を書いてしまう自分が怖い。
それでも、こんなエンドがあると、いいな。商人エンド以外で自立エンド。カーティスのクレーム処理班付き。
カーティスが馬鹿っぽい上に、甘くて電波なのは仕様です。ペーター・ホワイトの電波を受けている影響です。
