ギルカタールの理髪師~新たなる可能性~

1.アイデンティティ

昼すぎに、いつものように同行のお願いに、カーティスの部屋へ行った。外出の準備を待つだけのつもりが、何だかそのまま休憩になってしまった。暑いのが嫌いなカーティスにとって、涼しい夕方の方が都合が良いからということもある。

椅子に座るカーティスの、三つ編みをもてあそぶ。彼は気にせず、商売道具の手入れをしている。カーティスの赤毛は綺麗なものだ。短いが、サラサラとしていて絹を触るような心地。私は彼の髪が好きだが、一つだけ許せないものがある。

「カーティスって、どうして髪型の一部だけ長いの?」
「ああ、これはですね。主に他の世界のキャラクターとかと区別が付くようにつけられたものだと思います」
 手を動かしながら、首を動かして淡々と説明してくれる。余所見をして、よく指が落ちないものだ。手に持った暗器は相当な切れ味に違いない。

しかし、いくら器用だろうが、今の説明には何ら関係がない。単に説明下手ではないのに理解できない。断っておくが、私に理解能力が欠如している訳でもない。

「いや、何言ってるか解んないんだけど」
 
そうですね、とようやく手を止めて、カーティスは思考する。
「僕個人としてはですね、願掛けみたいなものでしょうか」
「願掛け……」
 カーティスが、願掛け、ねえ……。納得できるような、できないような。特に執着するもののない彼に、願いごと……。

「何ですか。僕にだって望みくらいありますよ。まあ、もう願いは叶っちゃいましたが」
「へえ。どんなお願いだったの? やっぱりギルカタール一の暗殺者になるとか?」
「いえいえ、そんなものではありません。僕が望んだことは他の事柄がどうでも良くなるぐらいに夢中になれることができますように、っていうものです」

「……何に夢中になったの?」
 どうせろくでもないものに決まっている。毒薬とか……暗殺関係の事柄だろう。
「いやですねえ。とぼけてるんですか、プリンセス・アイリーン? あなたに決まってるじゃないですか」
 睦言を囁くように、優しく私に触ってくる。

「ふうん。じゃあ、もう未練はないわね」
 ハサミを入れた。
「プリンセス・アイリーン、なに仕出かしちゃってるんですか」
 驚いて身動ぎしないカーティスは都合が良い。ジョキジョキと刃を動かして、カーティスの余分な部分を切り取っていく。
「大願成就のお祝いに、その鬱陶しい三つ編みを切ってあげようと思って。前から邪魔だと思っていたのよねー」
「止めて下さいっ。誰だか判らなくなるじゃないですかっ

もう遅い。既にあの三つ編みは切り取られている。理髪師ほどの腕前ではないので、ちょっと不恰好に切ってしまった。左手に残ったカーティスの髪は適度に重い。

「茜ちゃんみたい……」
 動いたら面白い。
「何ですかそれは。……酷い、惨すぎます、プリンセス。アイデンティティの崩壊です。僕はもう、グラサンの無い長谷川さんと一緒です……
「誰よそれ」
 
ショックのあまり? おかしなことを口走るようになってしまった。だが、カーティスがおかしいのは元からだ。あと長谷川なる人物がかわいそう。

それにしても、サッパリしてしまったものだ。あの付属品が無いと本当に別人のよう。余計に普通の男に見える。しかし三つ編みがなくても、彼はカーティス=ナイルだ。ギルカタール一有名な暗殺者であることに変わりはない。

「僕、もうショックで手当たり次第に目に付いた人を、片っ端から殺したい気分です……。この際、部下でも良い……。僕だけ不幸だなんて許せません」
 ふらーっとドアへ向かう危険人物を慌てて引き止める。

周りに不幸を撒くな! 止めなさい、かわいそうだから。たかが髪を切られた程度の八つ当たりで殺されたら、死んでも死にきれないわよ」
「ああ、ギルド長なんかとっとと引退して、いっそプリンセスの愛人にでもなっちゃいましょうか。……そうです、それが良いです
「ちょっと待て」
 
ドサクサに紛れて、何かとんでもないことを口走っている。

そしてドサクサで押し倒された。
「慰めて下さい」
 
耳元で囁かれ、何となく抵抗する気が失せた。
「……あんたさ、本当は全く堪えてないでしょ。屁とも思っていないでしょ」
 
うきうきとした様子のカーティス。恋人に髪を切られて怒らないのは本当に執着がないのか、私が愛されていると自惚れてしまって良いものか。
「プリンセスが屁とか言ってはいけませんよ」
 そう言ってキスを落とした。

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