No HERO~エースのゆめ~

誰にでも、ここでない場所に生まれていたら、と夢想した経験があるはずだ。家でも世界でも、ここじゃないどこかというのは、いつも理想という魅力に満ち溢れているものなのだから。

例によって例の如く、永遠の迷子は今日も元気に城の中で遭難していた。恐らく自室にたどり着けなくて、キャンプすることにしたのだろう。そして運悪く通りかかってしまった私は、強制的につき合わされていた。

「エースは英雄になりたいと思ったことある?」
 本好きな私は、お伽話も読むことがある。お伽話には神様とか英雄もつきものだ。誰しも子供の頃に聞かされたはずだ。そんなお伽話について話していた。この人にも純粋な子供時代はあったのだろうか、と。

エースはしばらく考えてから、口を開いた。
「そりゃあ子供の頃は思ったかもしれない。今も騎士としては憧れるところではあるかな。騎士は救いを求める人の味方だから」
「そう言って、あなたは助けを求める人を更に深い穴へ突き落とすじゃない。そーゆーの、騎士って言わないわよ……」

「あははははっ、心外だなあ。俺、そんなことしないよ。ペーターさん以外はね
『むしろ騎士という名の異生物』という続きは、言わないでおくのが花だと思った。
「……エースは、生まれる世界を間違えたんだと思うわ」

「俺もね、考えたことあるよ。君に会ったときにね」
 ニコニコしたまま近づいて来る。距離をつめられて、背中に壁が当たる。エースは私の胸に手を置いた。普通ならセクハラものだ。だが彼の場合はセクハラじゃない。もっと酷い……。脅しだ。

「君の心臓を抜き取って、代わりに俺が使って君のいた世界で暮らすんだ」
 その そのまま顔を近付けて、私の心臓――左胸にキスをした。正直、心臓を抉り取られるような錯覚を起こした。エースならやりかねなかったから。

「君のいた世界、本当に羨ましいよ。できれば行ってみたい。でも、俺の中にはハートの騎士の時計がある。死んでも、そっちの世界には行けない……」

轟音が轟いた。割と近くで。
「そこまでです。それ以上彼女に触れないで下さい」
 
ハートの城の宰相ペーター=ホワイトが、銃をエースに向けている。整いすぎた顔が今は憎悪に醜く歪んでいた。どこか焦っているようにも見える。

標的はいつものように余裕の笑みを浮かべた。
「危ないなあ。アリスに当たったらどうするの?」
「あり得ません。もしも当たってしまっても、僕も後を追いますから全く問題ありません」
「良いわけないでしょ。このストーカー、××××!!」
「あっはははははは! ペーターさんてぱホント××××ー。十分に問題あるよね、その頭とか耳とか、さ」

ペーターの瞳は妖しく光っている。猛獣と目を合わせたような気分になる。
「アリス、離れて下さい。こんな危険人物はすぐに処分しますから。あなたの心臓を奪うだなんてとんでもない話です。こんな、まともじゃない男は生かしておくべきではなかった。……滅べ」
 続けてエースに発砲する。

エースはひらひらと避けている。しかも爽やかにいちいち挑発している。いちいち強調したくなるほどに。
「ははははっ。心配性だなあ、ペーターさんは。心配のしすぎで頭に蛆が湧いて、おかしくなっちゃったのかな。かわいそうなペーターさん」

激しくなる弾幕の中、赤いギンガムチェックの服を掴んでうったえる。
「ペーター、大丈夫だから。もう止めて」
「いいえ! 全ッ然大丈夫じゃありません。この先、あなたを危険な目に遭わせるかもしれない男、殺すべきです!」
 完全に頭に血が上っている。

「あんたの気が済まないだけでしょーがっ!! やめろって言ってんの!」
 思わずペーターの頬を張ってしまった。殴られた方は何が起こったのか、よく分からない顔をしている。

「アリス……。そんなにまで、あの男のことが……」
 こいつの耳はやはりお飾りだ。何にも聞いてない。
「そうそう。俺たちって、深~い愛でつながってるんだぜ」
「あんたは黙ってなさい」
 
エースの茶々を一秒以下で跳ね除け、ペーターの頬を撫でる。

「手を出してごめん。痛かった?」
「……あなたに殴られるのは構わないのですが。エース君のために殴られるのだけは、ごめんです
 また頓珍漢なことを。

「期待に添えなくて悪いけど、エースとはただの友達よ。……一応、あんたも友達。友達同士で殺し合って、どちらかが欠けても私は悲しいわ。どんなにどうしようもない理由で争ったとしてもね」
 ペーターの瞳にぶわっと涙が溢れ、私はぞわっと鳥肌立つ。
「……アリスッ!! 大好きですっ。愛していますっ。僕、僕……あなたと友達だったんですねっ

疲れる。すごい疲れる。ギュウギュウ抱きしめられて、空回る愛のセリフに慣れても、やっぱり疲れる。
「……もういい。もう分かったから、離れてよ……」
「友達……友達かあ。うーん」

何やら考え込んでいるエースを置いて、これ以上諍いが起きないようにキャンプ地を離れることにした。……腰にペーターを付けたまま。
「いい加減離れなさいっ」

「大好きです!」
 意思疎通の夜明けは遠い……。

再びエースに会ったのは、滞在地の時計塔だった。彼が自力で時計塔に辿り着くぐらいの時間が経ってしまったということだ。
「やあ、久しぶり。え~っと、何時間帯ぶりかな? しばらく会っていないことは確かなんだけど」

昼の次は夜、夜の次は夕方が来てもおかしくなくて、日常に発砲するのも当たり前の、不条理だらけの世界。私の世界の道徳とか倫理は無い。

「まあ、お互い無事に会えて良かったよな。 いや~、近道を行ったつもりが帽子屋さんとこの屋敷に出ちゃってさ。双子の門番君たちにまた鍛錬を申し込まれて、道を教えてもらって……あ、迷ったんだけどね☆ 全く道は常に迷い、全く道は常に迷いやすく出来ている。うんうん、旅こそ人生、だよなっ。あっはははははは」

この人って実は重い病気なんじゃないかなーとか思う。主に頭の。ほぼ一本道でもあまねく迷える。迷えない道はないと豪語するだけのことはある。

そして人生の迷子は中身が歪んでいる。本質は真っ当なものであったが故に、この世界では大きく歪になったのだ。だから、この世界では最も異質な価値観を持っていることになる。

役付きから逃れたくて、足掻いている。他の役付きが納得できることを彼だけは納得できず、我慢できない。

「君か、君のいた世界をどちらか選ぶなら……?」
 同居人ユリウス・モンレーの元まで案内がてら質問した。前から気になっていたことだ。ペーターの乱入により中断されたが。

「はははっ。意味のないことだよなっ。自分の時計を取り出した時点で俺の体は消えちゃうんだから、心臓は動かない」
「……臓器には相性ってものがあるから、そう簡単には移植できないわよ……。例え適合しても薬漬けの上に、長生きできない」
 うっかり真剣に臓器移植について語ってしまった。自分の臓器が奪われるかもしれない話なのに。

「……君は冷静だね。大丈夫。本当にやらないから。いくら考えても実行できないんだ。そもそもやる気がない。アリス、君を殺してまで行こうなんて気にはなれない」
 そして眩しいくらいの笑顔で、爽やかに言い放つ。
「それよりもウジウジしている根暗な君を、ネチネチと苛め抜く方がずっと楽しいと思うんだ」

……言わなきゃ良いのに。どSな騎士は余計な言葉が多過ぎる。何でこんなに楽しそうなんだろう。自分より不幸な奴を見ると安心する、と言っていたのはユリウスだったか。とても友人に対するセリフとは思えない。

エースは不幸だ。常に間違いまくっているけれど、生まれる世界まできっと間違えたのだ。

「……あなたがここにいて良かった」
「俺、知らなかったんだけど。君に……そういう特殊な嗜好があったとは知らなかったなあ
 今の話の流れだと、私の言葉はエースにとって随分と的外れなことを言っているように聞こえただろう。これでは私がエースに苛められるのが嬉しいと言っているようなものだ。

「あー、違う違う。そーゆー話じゃなくて、生まれた世界の話」
 生まれる世界が違っていて、世が世ならば彼はきっと英雄になっていただろう。騎士は救いを求める人を探している。けれども、この世界は――。

「エースが私のいた世界にいたら、英雄に祭り上げられていたかもしれないわ。英雄はね、人智の及ばぬ大偉業を成し遂げて、早死にするものなの。不幸を背負って生きてるようなものよね。あなたは今だって、持ち前の不幸を切り拓いて生きているんだから似たようなものだわ」

私の話を聞くエースはどこか遠くを見ていて、実に冷めた目をしている。
「この世界には神様も英雄もいないよ。必要とさえされていない。救いの声すら、紛いものだ」
「そうよ、ここは英雄を必要としない世界だから、あなたは英雄になれない。けど、それで良かったと思ってる」
「そうだね。俺は何にも成りたくない」
 役無しと続く言葉を遮る。
「だって英雄でないなら、あなたはきっと長生きできるわ。不幸は元々でしょう?」

エースは珍しく呆けている。私は今、どんな顔をしているのだろう。彼はいま、無表情で懐から取り出した時計を見ている。音のしない時計はエースの心のようだ。ゆっくりと瞬きをして、独り言のように呟いた。

「……別に長生きしたい訳じゃないよ。早死にしたい訳でもないけど。俺の人生にも意味がほしい」
 神様でも英雄でも何でも良いから、ただ生きる意味が欲しいとエースは言っている。
「見つけたいんだ」
「……まだ見つからないのね?」
「ああ……」
 だか だから、いつまでも迷っている。いつまでも見出せない。私にできることと言えば――。

「ここには神様も英雄もいない。けれど、傍に誰かいて欲しいなら、私がいてあげる。できるだけ見ていてあげる」
 階段の上から、そっと抱きしめた。しばらく躊躇った末に、長い腕が抱き返してくる。

「……ここにいてくれないか。ペーターさんじゃないけど、同じ世界にいると思うだけで俺も安心するんだ」
 彼の頭がちょうど胸の位置に来るので撫でやすい。

「『オズの魔法使い』って童話があるの。我家が一番って最後に主人公が言うけれど、あれは嘘かもね……。だって私は我家よりここの方が一番だって思えてしまう」
「知らないよ。俺、本読まないもん。居心地の良い方が我家だよ」
「ふふ、じゃあ私の我家は時計塔ってことになるのかしら」

言葉では何を言っても自由だ。いくら頭の隅で、姉がちらつこうが関係ない。いつか帰る。どうあっても、その事実が揺らぐことはない。本当の家はここではないのだから。

「俺は、君がいてくれればいいと思うよ」
「それって……最初の質問の答えなの?」
「さあ?」
 大事なことを、いつも笑ってはぐらかす。ずるい男だ。こんな奴と友達を続けていくには相当な修練が必要な気がする……。ユリウスってすごい、と一人で感心した。

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●あとがき

よく書くなあ。巷では卑猥様とか言われてますが、うちのエースは比較的エロスは避けてます。つーか書けねー。本人も淫靡とか卑猥とか普通に使ってますが。 爽やかなのに卑猥だなんて普通にいねー……。

エースがつかめない男ってイメージで定着してます。ワンダーワールド中、最凶に性格が悪いと思います。でも大好きです。