地獄の果てまで~エースのゆめ~

「そういう訳で、アリス。俺と旅に出ないか?」
常ながら、いきなり現れたエースの第一声。エースの中の、そういう訳が私には分からない。というか分かりたくない。関わりたくない。

「は? 嫌よ。あなたと一緒に散歩なんか出かけたら、確実に次の仕事に戻れないわ」
 生還できるかどうかも怪しい。エースはともかく余所者はか弱いのだ。楽しい遭難は一人でやってもらいたい。

「私、これから城へ戻らないと」
 ちょうど帽子屋屋敷からの帰り。両手には袋が満載だ。無論ブラッドの好意による、オレンジ色の菓子ばかり入っている。

「ははははっ、つれないこと言うなよ~。それじゃあ、一緒に旅に出ようか」
 エースはそう言って、爽やかにラリアットをかました。あんまり冷たくすると、強引に旅に連れて行かれることを私は深く学習した。

そして学習しない騎士様と一緒に出かけて、やはり遭難した。
「……エースって、騎士じゃないと思うの。騎士道精神を掲げる割に、本質的に騎士じゃないわ。外面だけよ、外面だけ

「はははっ、なに言ってるんだよ。俺は強きを挫き、弱きを助ける騎士のはしくれだぜ? 困っている人の味方だよ」
 キラーンと歯が光るエースは見た目だけ騎士っぽい。同行を嫌がる一般人にラリアットかまして、強引に拉致る騎士がどこにいる。もはや騎士ですらない。それを騎士と言うのなら、騎士の定義を改めなければならない。

「喉渇かない?」
 そう言って、騎士は水筒の紅茶を分けてくれた。渡された紅茶は熱いので、慎重に口付ける。
「何だかピクニックに来ているみたい」
 実際は飲み物を分け合う遭難者同士だが。せっかくのティータイムなので、お土産のニンジンケーキを勧める。エースは礼を言って、受け取った。
「あはは、ピクニックって言うと、恋人同士とか家族っぽいね」

家族……。そう言えば、気になっていたことがある。
「エースにはどうしてファミリーネームがないの?」
 空気が少し冷たくなっても、エースは変わらず笑ったままだ。
「……君、おかしなこと聞くね。ファミリーネームがないのなんて、別に珍しくも何ともないだろう?」
 エースはにこにことしているものの、あんまり聞いてほしくなさそうな態度ではあった。どうでもいいように話題を切ってくる。

「あのナイトメアにも不釣合いなファミリーネームがあったんだもの。ファミリーネームを名乗らないのはビバルディとエースくらいなものよ」
「俺にファミリーネームはないんだ。捨ててしまったから」
 聞いても楽しくない話だからと、エースは話してくれない。

この世界では家族間のつながりは希薄である、とも聞かされている。エースは家族どころか、人間関係でさえ希薄だと思う。表面上は誰にでも優しく見えるが、実際は爽やかに酷いことを言う。やっていることも大抵は周囲に被害をもたらすばかりで、出会ってしまった方が不運とばかりに嫌われている、災害のような人。

「前はいたけど、もういない」
 私が不満そうにしていることに気づき、エースが生温い笑みを浮かべる。あの青空のような、薄ら寒くも感じる笑い方。

「じゃあ君のために簡単に説明してあげようか。何の変哲もない、平凡な夫婦の間に男の子が生まれました。そして両親は死にました。残された男の子は成長し、役付きとなって、今も元気に暮らしています」

……いま。いま何か大事なことがいろいろ素っ飛ばされたような。
「ちょっと……かなり、自分の生涯を略し過ぎじゃない? 両親が亡くなったことについては、随分あっさりしているわね」

「俺に家族はいらない」
 
そこには悲しみも何もない。ただ空虚なだけだ。
「俺たちはみんな、代えのきく存在なんだ。つながりなんて無意味なだけだ。役割さえあれば世界は回る」
 この世界で繰り返される言葉は聞き慣れても、馴染まない。非常識な私にはわからない。

エースは左胸の部分に手を当てて、残酷な言葉を吐いた。
「しょせん俺たちの中には何もない。存在そのものまで無意味なんだ」
 この人は抗っている。何ができる訳でもないけど否定したがっている。役からは誰も逃れられない世界で、『ハートの騎士』という役割を捨てて、役無しに成りたがる変わり者。

どんなに役から外れたことをしても、誰も彼を認めないし許さない。でも私は許してあげたい。何の力が無くとも、せめて私ぐらいは認めてあげないと。だから私は彼の発言には同意しない。無意味な存在なんて認めたくない。大好きな人々を無意味だとは思わないから。彼らは無意味でもなければ、空っぽでもない。

エースの隣まで膝で這い寄って、体育座をする。
「でも大切な人はいるわ」
 エースは私を凝視した。
「あなたにとって大切な人はユリウスでしょう?」

瞬間、体中の毛穴が広がった。寒くて痛い。まるでエースを中心に、冷たい烈風が吹き荒れるよう。エースはにやにや笑っているのに、殺気がだだ漏れの状態だ。

私はいったい、彼の何に触れてしまったのか。短い付き合いではないにしろ、彼の考えることはまるで読めない。仮面のように貼りついた笑顔は、鉄面皮のようで恐ろしいだけだ。

「エース?」
「……なに?」
「痛いわ……空気が」
 エースは剣の柄から、ぱっと手を離した。
「え? ごめんね? ……俺、つい殺しそうになっちゃった。危ない、危ない。俺、友達は殺さないんだ」
 さらりと背筋が凍りそうなことを言う。

「……どうして殺す方向になるのよ」
「さあ。殺さなきゃいけないかな~って考えちゃっただけ。でも安心してよ。ちゃんと止めたからさ」
 エースは気にせず、からからと空虚に笑う。
「次がありそうで怖いわ。何があなたを怒らせたの。次からはその話題、ふらない様にするから」
「怒ってなんか、いないよ?」

ユリウスの話題はエース自身もよく持ち出している。したがってユリウスの話はエースにとってタブーではない。大切な人がユリウスだなんて認めたくない、とか? 人間、図星を指されると怒るものだ。

エースの手が伸びてきて、私の頬に触れる。大切な、壊れ物を扱うような手つきで。
「……たださ、いらないなと思っただけだよ」
 薄く微笑むエースは不気味だ。この一点の曇りなき青空と同じくらい胸くそが悪くなる。
「大切な人はいるいらないとかじゃなくて、できてしまうものよ」

「……いらないなあ」
 
エースはただ笑っているだけだ。剣を持って。
「……何で話すときまで、いつも抜き身なのよ」
 剣を指差して、注意する。
「しまってくれない? 落ち着いて話ができないわ」

「……今更、俺に安全性を求めるの?」
 顔を近付けてくる。
「友達でしょう? 違うの?」
 興味津々な目とかち合う。ふっと目元が優しくなった気がする。

「……そうか、そうだね。ははっ、嬉しいなあ。……困ったな」
 エースはそう言って、何故か私の目を手の平で覆った。もう片方の手で、優しく私を包み込む。軽く抱きしめられた。どうしてこう、いつも突然な行動に出るんだろう。……慣れたけど。

「君も大切だよ」
 
不意に耳元でエースが呟いた。思わず耳まで赤くなる。
「俺にとってはユリウスと同じくらい、君も大切なんだよ」
 いつも爽やかに言うから、うそ臭く感じるはずなのに。変わらず爽やかに言ったくせに、今のは本当だと思う。そんな声でそんなことを言われたら、勘違いしてしまいそうになる。

「……エース。あなたって、ものすごく偶に、本当に希に、騎士らしいわ……」
 普段が普段なだけに、余計そう思う。
「俺は騎士だよ?」
 エースはいつもと変わらない。爽やかオーラが鬱陶しい。

ひとしきり私の反応を堪能したエースは、ぱっと私を放して、一人で勝手に歩き出す。
「さてと、休憩も終わりにしようか。あと五十時間帯以内に城に戻れるかなー? 目標はとっくにオーバーしちゃったんだけどねー、ははは」
 重症の迷子は、やはり城とは違う方向へ歩き出す。爽やかな笑い声が森にこだまする。

エースは重症の迷子で、潔いほど悪意を隠そうともしない性格破綻者だ。何より鬱陶しいくらいに爽やかだから、不幸なんて感じさせない。どこまでもポジティブ。

本当は人生自体が、目も当てられないほどの不幸で出来ていると思う。短い付き合いでも分かるくらい、彼はありとあらゆる不運を制覇しているのだ。

私ならばそんな人生は御免こうむる。一遍死んでやり直したいと思うだろう。エースみたいにポジティブには生きられない。だから時々眩しい。眩しい笑顔に隠された生き様が尊敬できる。

嬉しくなって抱きついたら、エースは前方へ傾いた。エースの肩越しに見えた景色は――滝だ。滝が見える。私は背中からエースに抱きついたまま、急降下していた。

「あっはははははは。積極的だなあ。君から率先して落ちてくれるなんて!」
「誤解! 誤解だから!!」
 
この先に崖があったなんて気づかなかった。いつもはエースが問答無用で私の腕を掴んで、紐無しバンジージャンプに巻き込むのだ。

今回は私がエースを突き落とした格好になった。
「せっかく落ちる前に崖に気づいて立ち止まったのに、君が抱きついてくるもんだから焦ってつんのめっちゃったよ~、ははっ」
 百回に有るか無しかの奇跡を私が潰したらしい。自己嫌悪に拍車がかかる。
「いっ、いやあ~! 私の馬鹿馬鹿!!」
「一緒に落ちようぜー!」

こうして今日も爽やかバンジーツアーに巻き込まれたのだった……。

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●あとがき

エース相手だと長く書けない様な気がしてました……。帽子屋小説に比べたら短い。でも書けたから良い。

エースなんかは絶対攻略してもハマらないと思っていた私は馬鹿ですね。意外と手の早かった彼に一番ハマっています。友情イベントでもキスシーンがあるの、こいつだけじゃないですか!! 実は一番手が早いんだ?!  うう、爽やかな笑い声が耳から離れてくれません……。