変態と呼ばないで~ザ・コミュニケーション~

闇の魔導師を名乗るようになってから色々変わったことがある。何を食べても無味乾燥した味しか感じないこと、人の温かみや平和な風景を忌み嫌うようになったこと。かつて経験し、心休まる事象は全て、俺にとっての人生の汚点に変わっていった。

そして一番変化したのは、人間が血と肉と骨の塊にしか見えなくなったこと。自分にも流れているはずなのに、もう何の温かみもない。変質してしまったような感覚。

信じられなくて、何度か故意に身体を傷つけた。青とか緑とか黒とか、蛆(ウジ)なんか湧いてきたら面白いと思ったからだ。――まあ期待にそぐわず、血液のみが流れ出ただけだが。

全てが闇に生きる者の視点に変わって、百六十年ばかり、人の魔導力を奪い、闇の魔術を研究し続けた。

いつものように、ある暗いダンジョンに入ったときのことだ。不意に金色の光が見えた。目的のお宝なんてまだまだ先で、ずっと奥にあるはずなのに、それは唐突に現れた。目に映る景色でさえ、久しく色を失っていたというのに。

その光は少女の形をしていた。黄色いぬいぐるみを右肩に乗せて、こちらに歩いてくる。独り言のように聞こえる高い声は、あのぬいぐるみにでもかけられているのか。何やらぐーぐーと鳴き声が聞こえるから、生きているのかもしれない。

髪は茶色だが、目は光と同じ色をしていた。目を突くような青の甲冑、白くひるがえる眩しいマント。……あの細っこい身体にあの甲冑は少々厳ついと思う。

だが、そんなことよりも俺の目を捉えて放さないものがある。あの笑顔だ。何がそんなに楽しいのか、問い詰めてやりたくなる。

ふと目が合った。当たり前か。向こうからこちらまで一本道で、しかも俺の現在位置はダンジョンの階下に通じる道。いつもなら冒険者と目があった時点で問答無用で瞬殺してやるのに、今日はできなかった。どうしてだか、する気も起きなかった。

娘の、ただでさえ大きな目はこぼれんばかりに開かれ、口元はだらしなく開かれた状態になる。俺は眼をつけられれば返す。わずかな沈黙の後、睨み合いは呆気なく終わった。もっとも肝の小さそうな小娘は怯むどころか笑っていたのだが。

「何をそんなに怯えているの?」
 ……怯える? この俺が? 何を言ってやがる!  娘は構わず、聞いてもいないのに、ご丁寧にも自己紹介してくる。……馬鹿か。馬鹿なのか。どっから見たって、俺は臆病な一冒険者に見えねーだろうが。……こいつが能天気すぎて俺は殺意も湧かなかったということか?

「ボクはアルル・ナジャ。アルルって呼んでいーよ。魔導学校に通ってるんだ。キミ、すんごく綺麗な顔してるねー。あ、よく美青年て言われない?」
 どーでもいい話題を投げつけてくるので、無視してこいつの魔導力に意識を向ける。驚いたことに不安定ながら、もの凄い大きなうねりを持った巨大な魔導力。

コレだ! コレが俺の探し求めていた力だ!  次の瞬間、娘の細い肩を掴んで、俺は叫んでいた。

「お前が欲しい!!」
 
後々の忌まわしい評価として、後世まで語り継がれるとは知る由もなく。ただ腹の底から力いっぱい叫んでいた。

「へ……変態だ~~~~~~~~~!!!!」
 真っ青になって叫ばれた。不意を突かれた俺はアルルのジュゲムをまともに喰らい、あっさりと倒された。薄れゆく意識の中で密かに欲しいものを見つけた悦びと、僅かな自己嫌悪に酔いしれた。


出会ったその日から二人の熾烈な争いの幕が切って落とされたのだ。大概はシェゾの『お前が欲しい』から始まり、僕のジュゲムで彼が飛ばされて仕舞いである。

  地面に突っ伏した敗者に声をかけた。
「ねえ、シェゾ。好い加減懲りないかな?」
「うるせえ。俺は諦めんぞ。お前から魔導力を奪うその日まで……」
 途中白目を剥いて、力尽きてしまったシェゾに、情けなくて溜息を出た。
「どうしたら諦めてくれるんだろう……。会話も成り立たないし……」

しばしの間、彼の綺麗な顔を眺めた。絹糸のような銀髪・長い睫毛に縁取られた、海の深い青を思わせる瞳・白磁のような滑らかな肌・黒衣に身を包んだ長身。一見パーフェクトな美男子なのにもったいない。

「どうして神様はこんな変態に、もったいない外見をあげちゃったのかな。あーあー、ほんっとに変態でさえなければなー
 文句を言いながらも、ぺたぺた触ってしまう。シェゾの柳眉が動いた。

「へ……変態変態と連呼するな。俺は変態じゃねえ!」
 がばっと起き上がった。だが僕は呆けていた。今までまともに言葉が通じた例がなかったから感動してしまった。お互い自分の言いたいことしか言わず、聞く耳なんて持たなかったから。

「ん? おい、どうした」
 シェゾが怪訝そうに僕の目の前で手を振った。
「何だ。こんな簡単なことだったのか……」
「何がだ。俺に勝つことがか?」
 なんだかシェゾがビキビキしている。やっぱり考えてることって言わなきゃ分かんないんだね。僕は初めて会った時から仲良くなりたかったのに。こんな毎日毎日、攻撃魔法の応酬をしたかった訳じゃないのに。

「シェゾのへんた~い……」
「俺は変態じゃねー!!」
 
今のシェゾが反応してくれるのは『変態』の二文字だけ。他の単語には反応もしない。魔導力じゃなくて、もっと僕を見てほしい。相手をしてほしい。例え悪口しか通じなくても、それがたった一つの彼の世界の窓。

いつかは『僕』を見てくれますか?


 やっと世界に色が付いたんだ。あの魔導力があれば、俺はまだ生きられる。無機質だった自分が少しだけ人間らしく振舞える。何も感じないで生きるのは苦しい。あの光は俺のほしかったものを取り戻してくれる。例え手に入らなくても世界を照らしてくれる……。


澄みきった冬空の下、喫茶店のテラスは明るい笑い声に包まれていた。そこへ影のように近づく男がいる。機敏な動作で数歩進み、黒髪の青年の前で立ち止まる。ようやく二人は目立ちすぎる男に目を向けた。共にウンザリした表情をシェゾに向けている。少女が暗い笑みでまず口を開く。

「やあ、変態こと闇の魔導師さん。今日もボクにのされに来たの?」
 
青い瞳が不愉快そうに細められ、形の良い唇から舌打ちがもれた。
「今日はお前に用などない」
 アルルに向けられた、鋭き眼光は隣へスライドする。眉間にシワを密集させて発した不機嫌な言葉は、ラグナス・ビシャシに向けられた。
「オイ、生粋の変態勇者」
 
途端にみるみる怒りの形相に変わる黄金の勇者様。すぐさま光の剣を手に取った。

「アルル、シェゾはそんなに一般的に言われる変態とは違うんじゃない?」
 たまたま通りがかったドラコ・ケンタウロスはつい足を止め、熱く激しく罵り合う二人を尻目に呟いた。

「シェゾはともかく、ラグナスの方がかわいそうじゃん。毎日のように八つ当たりされてさ~。あんたが変態言うのやめれば、二人の不毛な戦いも終わるんじゃない?」
 しかし少女は無邪気に笑う。
「ええ~!! それじゃあ、ボクの唯一の憂さ晴らしがなくなっちゃうじゃないか」

ドラコは固まった。この少女は酷いことをこんなにも平気で言える人だったのか。なおも嬉々として彼女は語る。
「どんなに酷い悪口も褒め言葉として受け取るあいつが”変態”だけは聞き逃すこともできないってこと、気付いちゃったんだよね。だから日頃の鬱憤はこれを言うことで解消できてると言うか……」

なるほど。どうやらアルルにとってシェゾに対するコミュニケーション手段でもあったわけだ。……馬鹿な奴。言葉足らずのせいで"変態"の称号を授けられ、今は言葉に対する反応が薄すぎて、こんな状況に陥っているとは夢にも思いやしないんだろうね。なんてまあ不器用な奴だろ。

「俺は変態じゃねえーーーーーーーーーー!!!!」
 その日、二人分の雄叫びが魔導世界に響き渡ったとか渡らないとか。

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あとがき

何やら魔導物語にハマっていた頃に描いたSS。タイトルは「総理と呼ばないで」をもじった。なるしまゆり・作「不死者アギト」読んでるときに思いついた。

アルバイト先で休憩時間にカチカチ携帯で打ってました。

実際にはどう出会っていたかは忘れたが、シェゾは最初から変態扱いであった気がする。特に何がしたいとかいう訳じゃないお話。